昨年12月、高校駅伝の豪高校で不適切使用が発覚した鉄剤注射問題で、日本陸連は原則禁止を決定。陸上選手の「鉄欠乏性貧血」の解消を目的とした鉄剤注射の安易な使用は、選手に肝機能障害などをもたらすリスクを抱えている。問われているのは指導者の質だ。



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 鉄剤注射を選手に打たせる問題の背景について「根はもっと深いものだ」ととらえるのが陸連医事委員長の山澤文裕さん(62)だ。

「注射を使うようになった鉄欠乏の背景に、体重コントロールのための減食や練習過多による低栄養に端を発した負の連鎖がある。指導者教育が急務だ」

過度なダイエットや練習が原因で鉄欠乏状態及びホルモンバランスを崩すことから無月経となり、骨粗しょう症や疲労骨折を起こしやすくなる。それを解消するには食やトレーニングの見直しが不可欠なのに、安易に鉄剤注射で鉄欠乏だけを解決しようとしているようなものだ。

また、山澤さんによると、日本で使用される製剤(注射液)には、血液のなかにあるリンという物質を減らす副作用があるという。打たれた本人が気づかない間に「低リン血症」になり、骨軟化症などを引き起こす可能性がある。骨の状態が悪化し、疲労骨折をしやすくなる。

元長距離選手の女性が、健康診断で「体がぼろぼろだった」というのは決して大げさな話ではないことがわかる。

 となると、日本の女子マラソン界は大丈夫だろうかと心配になる。

 東京五輪のマラソン代表選手は、今年9月15日に開催されるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)などを経て選考される。選手はまずMGCシリーズと呼ばれる国内主要大会に出て「MGC出場権」を獲得しなくてはいけない。この記事が出るころには結果が出ているであろう名古屋ウィメンズマラソンもそのひとつだ。

 しかしながら、目下のところMGC出場権獲得者は男子28人に対し、女子は9人と3分の1にも満たない。有森裕子、高橋尚子、野口みずきといった多くのメダリストが輩出してきたはずなのに、これはどういうことか。

 関東の病院に勤務するスポーツ医は、こう分析する。

「3人以外でも、マラソンで活躍した女子選手の多くは、高校時代まで無名の選手ばかり。それぞれが練習量をこなせる体格やメンタルを兼ね備えた時期になってから、競技成績も上がるようになった。要するに後伸びしたランナーだ。今は中高でやりすぎる。鉄剤注射の影響もあるかもしれないが、選手を精神的、肉体的にバーンアウトさせている。指導者たちは一生懸命ではあるが、正しい知識と認識、愛情を持ってほしい」

 そんな中高のやりすぎの背景には、社会的な問題が横たわる。

 中高時代にいい成績を上げれば、大学進学や就職への道が開かれる。競技結果による推薦入学や入社といった社会の仕組みがある限り、当事者である選手やその親、そして教え子の進路が自身の評価に直結する指導者は勝利に向かって血眼になるに違いない。

 実際に、前出のスポーツ医は全国高校総体(インターハイ)前、「疲労骨折だから、出たらもう走れなくなるよ」とドクターストップを下した女子選手からこう言われたことがある。

「インターハイに出て良い成績が出せれば、走れなくなってもいいです」

 選手たちも目標はそこだと教育されているのかもしれない。

 都内で公立中学校陸上部の顧問を務める40代の男性教師は「若い指導者は非常に勉強熱心。新しいトレーニングを入れるし、食と貧血、月経、骨が密接にリンクすることもよく知っている。ただ、ベテランの指導者に問題が多いのは確か。中学校でも注射の使用のうわさは絶えない」と話す。指導の質が二極化していることがうかがえる。

 男性は、生徒には定期検査をさせるが、貧血状態になればすぐわかるという。

「顔が青白くなる。動きが悪くなる。目に輝きがなくなる。走ることが楽しそうではなくなる。数値に出ていなくても、気づいたらすぐに休養させる。本人が嫌だと言ってもそこを諭すのが指導者の役目です」

 こんな指導者が増えてほしい。中高生に本当に必要なのは、大人たちの「正しい愛情」ではないか。(ライター・島沢優子)

※AERA 2019年3月18日号より抜粋