先日、プロレスラーの佐山聡がパーキンソン病の疑いがあると診断されたことが報道された。佐山といえば、やはり1980年代に爆発的人気を誇った覆面レスラー、初代タイガーマスクとして活躍したことを覚えている人が多いだろう。

 元々人気アニメだったタイガーマスクが、現実マット上のプロレスラーとして登場してからまもなく40年が経つ。現在も4代目他が活躍しており、人気や知名度は衰えない。初代登場時のインパクトが強かったが、歴代のタイガーにもそれぞれドラマがある。

 皆さんは、果たしてどのタイガーマスクに思い入れがあるだろうか……。初代タイガーマスクの佐山から今も続くタイガーマスクの歴史を振り返ってみたい。

 初代デビューは81年4月23日、新日本プロレス蔵前国技館のダイナマイト・キッド戦。欧州遠征中だった若手有望株の佐山が帰国しマスクをかぶった。今までに存在しなかった新しいスタイルの戦い方は『四次元殺法』と呼ばれ、社会現象にもなった。その後プロレス観の狭間に葛藤した末、83年8月、初代は引退表明しマスクを脱いだ。その後もUWFなどの所属団体で虎のマスクは被り、その際にはザ・タイガー、スーパータイガー、タイガーキングなどリングネームは変遷を重ねている。

 初代としての実質ファイト期間は2年と短命だったが、伝説の虎として語り継がれる。その間にキッドをはじめ、ブラック・タイガーや小林邦昭など、多くのライバルと名勝負を繰り広げた。とくに小林の『マスクはがし』は反則技であるが、お約束になった。キッドや小林は、その後の2代目とも抗争を繰り広げたのもファンにはたまらないものがあった。

 続く2代目は84年8月26日、全日本プロレス田園コロシアムのラ・フィエラ戦で登場。のちに日本マットを代表するレスラーとなった三沢光晴がマスクをかぶった。当時は団体間の興行戦争が激しく人気獲得策でもあったという。ヘビー級転向後などを見据えた末、2代目は90年5月14日の東京体育館での試合中、自らマスクを脱ぎ捨てる。このシーンは永遠に語り継がれる名シーンだ。また、三沢となりタイトル奪取など活躍中も『タイガードライバー』など、2代目時代の技を多用。虎のDNAは生き続けていたのだろう。

 そして3代目となったのは新日本ジュニアの未来を期待されていた金本浩二。92年3月1日、横浜アリーナでの記念試合のみ変身予定だったが好評のためその後も継続し、93年5月3日、福岡ドームでの獣神サンダー・ライガー戦で正式デビューを果たした。真っ向勝負のスタイルを好む金本は、周囲が抱くタイガーとのイメージ差に悩んだ。結果、94年1月4日、東京ドームでのライガー戦後に自らマスクを脱ぎ捨てた。ちなみに金本は『兄貴』と呼ばれており、当時、阪神・金本知憲が同様にそう呼ばれていたことから、虎つながりの阪神ファンには熱烈に応援されていた。

 4代目は95年7月15日、後楽園ホール『’95格闘技の祭典』のザ・グレート・サスケ戦でデビュー。デビューから虎のマスクをかぶっている点が、これまでの3人とは異なっている。また初代・佐山氏の指導を受けたことでも有名。みちのくプロレスを経て02年から新日本に参戦し、IWGPジュニアなど多くのタイトル獲得歴がありWWF(現WWE)など海外経験もある。関節技に精通しており、時折見せる非情攻撃には殺気が宿る。また巨人ファンとして知られ、巨人春季キャンプ訪問は恒例行事。自ら持参したマスクを原辰徳監督にプレゼントしている。

 その後も10年7月18日、マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟の真樹ジム主催興行では5代目が登場、初代とタッグを組み話題になった。そして新日本の16年10月10日、両国国技館ではテレビアニメとの企画でタイガーマスクWが出現。その他にも男女問わずタイガーの派生系は多く、時を越えても存在感を感じさせる。

 試合会場ではタイガーの試合になれば、ちびっこファンがマスクをかぶる光景は変わらない。他競技でも開幕延期中のプロ野球では、タイガーマスクをかぶって応援する阪神ファンも多い。ジャンルを跨いで多くのファンが存在するタイガーマスクは、いまだ時代を超えたヒーローなのだ。