指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第33回は「目標」について。


*  *  *
 8月に入って短い休みを取った後、気分を新たに10日から練習を再開した私のチームは、学生たちの頑張りが目を引きます。

 昨年の世界選手権女子200メートル自由形で決勝に進んだ大学3年の白井璃緒(りお)、女子200メートル個人メドレーでリオ五輪に出た大学2年の今井月(るな)は、休み明けにもかかわらずいい動きを見せて、充実した練習ができています。

 五輪を目指すチームとは別に、10月の日本学生選手権(インカレ)を目標にする東洋大の水泳部は自粛期間が明けてから、休みなしで練習を続けてきました。白井も今井もインカレというゴールが目の前にあるので、やる気を出している。4人の社会人選手はエンジンがかかりきっていないところがあるので、やっぱり目指すものがなければダメだな、という思いを強くしています。

 競泳はシーズンの最も大きな大会を目標に1年間の強化スケジュールを組みます。代表選考会を兼ねた4月の日本選手権で最初のピークを作り、夏の国際大会のゴールに向けて仕上げていきます。

 体にしみついているこのスケジュールが今年はまったく変わってしまい、4月から8月まで手探り状態が続きました。

 自分のことを振り返っても、4、5月は時間はあったけれど本が一冊も読めなかった。これまでやってきたことを頭の中で整理できて有意義な時間を過ごせましたが、行動自粛の必要もあって新しいものを身につけようという気持ちにはなれなかったのです。

 8月の休み期間は学生の練習を見ていました。インカレを目指してアクセルを踏み込んでいる部員たちを見て、久しぶりに新しいものを取り入れていこう、という意欲がわいてきました。初心に帰ったような感じです。

 高地トレーニングの効果が期待できる低酸素発生装置を使って据え置き型自転車「ワットバイク」をこいだり、加速度計を腕につけて動作のスピードを測定しながらウェートトレーニングを行ったり、日常のトレーニングに楽しみを持たせられるような工夫を取り入れました。選手は意欲的に取り組んでいます。

 自己ベストを出すためには、日々の練習で自分の限界を突破するチャレンジが必要です。インカレを目指す水泳部の学生たちは、その姿勢が表れている。みんなで頑張ってベストを出したい、という一体感も生まれています。

 一方、東京五輪のメダルを狙う社会人の選手たちは、限界へのチャレンジが十分にできているとはいえません。本当に目標としていた大会がこなかったことを、いつまでも自分の言い訳にしている選手もまだいると思います。

「たとえ五輪が中止になっても頑張れ」と言い続けてきた私も、心の中ではどこかに「いつも通りには要求できないな」と思っていたところがありました。

 インカレに向けて必死に頑張る学生たちから、私自身も刺激を受けています。直近の目標は8月29、30日の東京都特別水泳大会。2月以来となる久しぶりの大会で、選手たちは新たな一歩を踏み出します。

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数

(構成/本誌・堀井正明)

※週刊朝日  2020年9月4日号