指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第38回は「コロナ禍でも記録を伸ばした選手たち」について。



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 競泳の全国大会が開けなかった今夏のシーズンですが、会場で密にならない工夫をするなど感染拡大防止策をとりながら全国各地で大会が開かれました。

 難しい状況の中で大会開催に尽力していただいた関係者のみなさんに、感謝を申し上げたいと思います。

 全国JOCジュニアオリンピックカップ夏季大会は7〜9月の期間を設けて、各地で開かれた大会の記録によって、年齢区分の順位をつける通信制大会として実施しました。中学生、高校生もそれぞれ記録を集計して、通信制の全国大会のかたちを整えました。

 コロナ禍の厳しい練習環境にもかかわらず、各地でいい記録が出ています。

 9月22日に東京辰巳国際水泳場であった東京都特別水泳大会では、男子100メートル自由形で日大豊山高校2年の柳本幸之介が49秒41の高校新をマークしました。8月末の大会では、リオ五輪代表の日大3年、フィットネスクラブ東京ドームの長谷川涼香が、女子200メートルバタフライで4年ぶりに自己ベストを更新する2分5秒62を出しました。昨年の世界選手権の優勝タイムを上回る好記録です。

 ウイルスの影響で全国大会が中止になるという、だれも経験したことのないシーズンでしたが、「ウイルスに負けずにベストタイムを出す」という強い気持ちで練習に臨んだ選手たちが好結果を出しました。外出自粛期間中など満足に練習ができなかったチームのコーチの一人に話を聞くと、プールでいつも通りの練習ができるようになったとき、選手たちはハードなトレーニングをよろこんでやっていた、と言います。

 日本水泳連盟の強化合宿は感染予防を徹底して実施できましたが、参加者は例年より少ない状況。各都道府県のジュニア強化もままならなかったと思います。所属チームのみの練習でいい記録が出ている現状を見て、強化の原点について考えています。

 基本は所属チームでの練習だと改めて思います。東京五輪に向けて水泳連盟は強化プログラムを充実させてきました。しかし、それが過剰になっていた面もあるのでは、という反省もあります。ジュニア選手のコーチや保護者の一部には、合宿を優先して、学校を休ませるのは当たり前という意識も生まれていました。

 地元開催の五輪には、大きな国の強化予算がつきました。五輪が終われば予算も減って、強化方法の見直しが必要だと重々承知していました。それが五輪を迎える前に思うようにいかない事態を迎えて、それでも「できることはある」と練習に工夫をこらして記録を伸ばしたジュニア選手が大勢いる。これは「五輪バブル」がはじけた後の強化方針を考えるときの道しるべになると思っています。

 五輪延期で「モチベーションが下がった」とやる気を失うトップ選手がいる一方、満足に泳げない練習環境の中で自己ベストを目指してこれまで以上の努力を重ねるジュニア選手もいます。困難なシーズンだからこそ、選手と指導者の真価が問われると思います。

 10月1〜4日、東京辰巳国際水泳場で日本学生選手権(インカレ)が無観客で開催されます。今シーズン初めて開かれる競泳の全国大会です。ジュニア選手に負けないような好記録を期待しています。

(構成/本誌・堀井正明)

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数

※週刊朝日  2020年10月9日号