巨人・原辰徳監督は球史に残る『名将』になりつつある。

 チーム再建と勝利を両立させる手腕は、円熟味すら感じさせる。



 1軍投手総合コーチとして、かつて原監督のもとで共に戦った川口和久が、指揮官の凄さを投手起用の面から教えてくえた。

「従来の考えに捉われず今の野球を追求している。記録を過去のものとして進み続けている」

 9月11日のヤクルト戦では、川上哲治が持つ球団記録を更新する監督通算1067勝目を挙げた。伝統ある巨人軍史上に名を刻むことになったが、それも通過点に過ぎない。今シーズンも独走でチームをリーグ連覇に導くなど、今や誰もが認める名将となった。

「11年から14年まで投手コーチとして原監督の下にいた。まず感じたのは巨人軍、そしてNPBの多くの先達たちに対し誰よりも大きな敬意を払っている。現役時代から多くの先輩たちに可愛がられ、帝王学のようなものも学んできた。しかし、それだけを実践するのではなく、自分自身のスタイルを構築する。常に“今の巨人”の野球を作り出そうとしている。既存の考えやチームを壊すことにまったく躊躇がない。なんでもありで、貪欲、頑固な監督という印象。現在進行形で『原野球』を作り上げている」

 原監督は現役時代、81年のプロ入りから12年連続で本塁打20本以上を記録。4番打者として1066試合出場は球団歴代4位と巨人を代表する選手として大きな印象を残した。

 現役引退後、ヘッドコーチなどを務め指導者の経験を積み、02年に監督に就任。2年間の第1次政権では初年度に日本一へ上り詰めた。続く06年から15年までの第2次政権では、10年間でリーグ優勝6度(うち日本一は2度)。そして3度目の就任となった昨年もリーグ制覇を成し遂げ、すぐさま結果を出した。今年も含め、これまで9度のリーグ優勝と3度の日本一という文句のない成績を残している。また09年には第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)侍ジャパンの監督を務め、日本を世界一にも導いた。

「投手起用に関しては、あらかじめ決心したことを貫く。例えば菅野智之という大エース以外にも、柱になれる先発投手を揃える必要性があると言われている。確かに計算できる先発投手が揃えば戦い方も明確になる。しかし原監督の考えは別にあり、4〜6回という、試合中盤に登板する投手を先に考える。先発投手が打たれて、試合が壊れそうな時にいかに我慢して負けない試合にするかを重要視した。試合中の決断も凄くて、『3回くらいで変えようよ』という話が初回からどんどん出てきた。菅野が先発の時は1試合任せる気持ちだろうが、その他の場合は常に次の投手を考えているはず」

 先発投手が6回前後までリードを保った投球ができれば、後はブルペン陣に任せることができる。どのチームも7〜9回の試合終盤を任せるセットアッパーやクローザーには、安定感ある投手が控えている。『勝利の方程式』と呼ばれるものだ。リードした展開で彼らが出てくれば、得点を相手に与える可能性は極端に低くなる。そうでない時にこそ指揮官の真価が問われる。

「前半で点差がついた時が大事。そういう展開でも試合を壊さず可能性を持った状態で戦えるか。諦めそうな負け試合を引き分けにできれば、それは勝ちに等しい。上位争いするチームは負け数が少なく引き分けも多い。その辺の考え方がはっきりしていて、『第2先発』の重要性を早い段階から言っていた。これは本拠地が東京ドームの影響もあり、5点前後のビハインドなら諦める必要はない。走者をためて本塁打という展開があるので、それ以上の点差に離されないことが大事」

「昨年で言うとキーマンは田口麗斗だった。先発経験も豊富で登板数が多くてもへばらないスタミナもある。左腕ということもあり使い勝手も広がった。先発ならば年間フル稼働しても25試合前後しか登板できないが、中継ぎならその倍は投げられる(19年は55試合登板で先発2試合)。短い回なら簡単に打たれる投手ではないので、抑えている中盤に可能な限り点差を詰めておけばチームも追いつく可能性が高くなる。逆転できればこれ以上のことはない。加えて実績あるベテラン大竹寛が復活を果たしたのは嬉しい誤算だった」
 
 今年は田口の先発再転向が早い段階から予定されていた。昨年、担っていたポジションを含め、ブルペン陣をどうするかが課題となったが、編成権限も任される原監督の動きは早かった。7月には楽天から左打者に対し抜群の強さを誇る高梨雄平を補強、きっちり仕事をしている。また昨年途中に加入した鍵谷陽平、合同トライアウトから育成を経て這い上がった田中豊樹などが意地を見せているのも大きい。そして中川皓太、大江竜聖もさらに成長を遂げている。結果的に昨年以上のブルペン陣が出来上がった形だ。

「今年は苦戦すると思っていた。確実な先発が菅野だけだったので、田口を先発にしたい気持ちもわかる。ただそうした時に『第2先発』のような長い回を任せられる投手がいなくなる。そこで中継ぎに関しては、1回を確実に任せられる投手を使うことに決めた。左の中川、大江、高梨、右の鍵谷、田中、大竹らが十分に役割をこなしてくれた。後ろが充実すると先発にも戸郷翔征など、新しい投手が出始めた。戸郷などは開幕前に比べて制球力や球威がシーズン中に飛躍的に伸びた。移籍による適材適所の補強、台頭した若手の起用時期など、投手の見極めが的確だった」

「対照的なのが広島で、特にブルペン陣の人材不足が深刻。田口のような役割を果たしていたのが九里亜蓮。しかし先発の駒不足もあってローテーションに入らざるを得なくなり、試合中盤で失点を重ねる試合が増えた。終盤を任せていたセットアッパーやクローザーには疲労が見られる。そうなると連覇時の代名詞だった『逆転の広島』ができなくなる。広島も打線は強力なだけに試合中盤で粘れれば、試合を拾って行くこともできたと思う」

 16〜18年まで3連覇を果たした時期の広島は、先発はもちろん、長い回を投げられる中継ぎなどブルペン陣も充実していた。一岡竜司、今村猛、中崎翔太、ヘロニモ・フランスアと鉄壁のリリーフ陣もいた。しかし連覇時に中心となって投げた投手に疲労が出始め故障者も出ている。「現在の位置も当然だ」と広島OBでもある川口は残念そうに分析する。

「捕手3人制を採用するのは、捕手1人を残して野手のすべてを使いたいから。代打、代走などで若手をどんどん使うので、投手は先発を早く代える形になり数も必要になる。だからこそ中継ぎを充実させる必要も生まれる。そういう監督自身の性格や野球特性もある。それが結果につながっているのは、現代の野球にマッチしているから。時代が流れている中で、1番勝てる可能性の高い方法を常に探しているのが原監督。スケールの大きな横綱野球をやっていた時期もあったが、今年は選手をやり繰りし、様々なチャレンジをしながら勝った。状況に応じた自由自在の野球が現在の原野球と言える」

 瞬間の閃きや行き当たりばったりではない。熟考を重ねた末の答え、采配であるため、監督自身が腹を括り遂行できる。選手、スタッフも結果の良し悪しに短絡的に左右されることもない。

「物事を考える時は必ず机の前に座るようにしている。これは父・貢氏から助言されたこと」(原監督)

 今日も机の前で様々な戦略を練っている姿が目に浮かぶ。次はどのような『手』を見せてくれるのだろうか。(文中敬称略)

(文・山岡則夫)

●プロフィール
山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。