50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。2020年2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいことは? 今回は「大人」をテーマに、飄々と明るくつれづれに語ります。



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 明日11日は成人の日だね。俺は初場所中だったから成人式には出ていないんだ。相撲部屋で成人になった力士が集められて、親方から「お前たちも今日から大人だから〜」というような訓示を受けて、記念に草履(ぞうり)をもらったことを覚えている。時間にしたら10分か15分くらいだったかな。同い年の貴ノ花が18歳で十両に上がっていたので、大人になったという感慨よりも焦りの方が大きかったなぁ。成人したのに、俺はこんなところでもたもたしていていいのかよってね。貴ノ花のことを気にしなかったらいいんだろうけど、同い年で同じ2月生まれ、相撲教習所から一緒だったからやっぱり気になるんだよね。相撲は番付というはっきりした格付けがあるからすごく急かされるんだ……。

 そんな俺も十両に上がって、付け人がついて小遣いを渡したりできるようになって、ようやく一人前になったと思ったもんだ。相撲取りは世間的な成人や大人ではなくて、十両に上がったときにようやく大人になるという感じだね。貴ノ花も18歳で十両に上がったときに大人になったという感覚を持ったと思う。プロ野球だって二軍にいる22〜23歳の選手よりも、10代で一軍に上がっている方が大人になったという気持ちが強いんじゃないかな。

 上になってポジション与えられたら、自立した考えが芽生える。自分自身も気を引き締めて、後輩の面倒も見て、世間的には成人でも結果を出さないと半人前だ。スポーツ選手は特にその傾向が強いと思う。俺も関取になってからは、自分のしていることに口をはさまれなくなったけど、その分自分で律しなければと思ったよ。十両になったら何があっても自己責任。すべての責任を自分でかぶらなきゃいけないと思うと、やろうとすることに躊躇(ちゅうちょ)することもあったね。

 さて、時は流れて、俺がプロレスに転向して、京都で全日本プロレスの大会があったときに、当時もう二子山親方になっていた貴ノ花が顔を出してくれたことがあった。十数年会ってなかったのに、「おぉ、嶋田〜、頑張ってるね〜」って声をかけてくれてね。貴ノ花も俺のことを気にかけていてくれて、同期の桜だと思ってくれていたらうれしいね。

 大人になった実感といえば、結婚も大きかった。周りを見ると、俺と同じような性格のヤツが独身でチャラくやっているのも多かったから、ちゃんとしていないといつまた根無し草になるかわからないって危惧する俺がいた。それまでは、いいところまで行くけど結婚までは踏み切れなかったんだよね。お金もそこそこ稼げていたし、自由気ままに生きていたいと思っていたのも事実だ。でも、振り返るとあの時に結婚して良かったよ。結婚した時は「伴侶を路頭に迷わさないように食わさなきゃいけない」と同時に「天龍源一郎と結婚した女にしめしめと思わせてやろう」という気持ちもあった(笑)。結婚生活の自己評価? まあそれなりの結果は残せたんじゃないかな? いや、こういうことを自分で言うのは野暮だ。「まだまだこれからです!」と言っておいた方がいいか(笑)。

 それともう一つ、娘(※天龍プロジェクト代表の嶋田紋奈さん)が生まれたときも大人の責任を感じた。その責任感は俺と女房の間に子どもが生まれた事実もあったが、それよりも、今まで俺がプロレスでベルトを取ろうが何をしようが何にも言ってこないレスラーたちから「源ちゃん、娘が生まれたんだって。良かったね! おめでとう!」と言われたことだ。プロレスラーからの祝福の方が、プレッシャーを感じたね(苦笑)。

 娘が大人になったと感じたきっかけ? そうだなぁ……。

※ここかからは同席していた紋奈さんによる回想

【「高校3年生のとき、父と大喧嘩をして気まずくなっていたことがありました。その頃って、早く大人になりたいけれど、まだまだ子どもな年頃。私は口が立つからいろいろと言い合っちゃって(笑)。そんなある日、父に話があると呼ばれて『今日からあなたを大人として認めます。これからはさん付けで呼ぶし、いちいち怒ったりもしない。その代わり、間違ったことをしないように自分で考えて行動しなければいけいないよ』と言われました。生意気だった娘を尊重しつつ、父もひとつ上のステップに上がって諭してくれたことで、私も一段上に引き上げられたように感じました。天龍源一郎という父親にそう言われて、こちらも大人にならなければと身が引き締まる思いでした。とはいえ、ずっと一緒にいるせいもあってか、父とはいまだに『紋奈さん、何歳になったの? えぇ〜もう30歳を超えたんだ〜』というやり取りがあって、私の印象はいつまでも幼い頃のままのみたいです(笑)」】

 娘の年齢に関しては、そうだね(笑)。考えてみたらうちの親父も俺ら子どもを「源一郎さん、源さん」とさん付けで呼んでいて、呼び捨てにはしてなかったなって思ってね。いくら娘だからといっても、一人の大人としてリスペクトしなきゃなって考えているんだ。

 プロレスラーで大人だと感じて、俺も手本にしているのがリック・フレアーだ。彼はトップレスラーなのに、威張っていなくて、フランクな性格。初めてアメリカに行ったとき、彼の立ち居振る舞いを見て、プロレスで上に立つというのはみんなに気遣いをして、周囲から尊敬されるものなんだということを教えられた。プロレスラーがバーにいる客全員におごるなんてありえないけど、リック・フレアーはしょっちゅうやっていたし、俺もそんな彼をマネしたもんだ。もし、俺におごってもらったことがある人がいたら、礼は俺じゃなくてリック・フレアーに言ってくれ!

 相撲で尊敬している大人と言えば、元・佐賀ノ花の二所ノ関親方だね。この方は、横綱の大鵬さんや大関の大麒麟さんがいる二所ノ関部屋の親方ってこともあってか、凛としたオーラを持っていて、読書好きでずっと部屋で本を読んでいるような人。ある時、なぜいつも部屋にいて本を読んでいるのか、その理由を教えてもらったことがある。「俺が部屋にずっといるのは、例えば、若い衆が外で何か不祥事を起こしたとして、その相手が部屋に話をつけに来たとき、トップの親方がいなかったらみっともないだろう」ということだったんだ。「相手が話をつけに来る」のところは「殴り込みに来る」だったかな?(笑)。

 今ではトラブルがあっても本人同士で話をつけろとか言って、逃げるトップも多いだろう。「昔のお相撲さん」と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、彼には親方としてというよりも、上に立つ人の姿勢、処世とはどういうものかを教えられたね。そもそも、相撲部屋にいて何かもめ事やトラブルがあっても、親方や周りがなだめてくれて本人のところまで話が行かないように守ってくれていたんだ。逆にプロレスの世界に行くと、女性問題でなんでも直接本人のところにくるから、最初は面食らったもんだよ(笑)。

 そして、俺が憧れる大人といえば、やっぱり北の富士さんだ。天龍源一郎の憧れるカッコいい人で殿堂入りだね(笑)。相撲の現役時代、北の富士さんが出羽海部屋から九重部屋に移るとき、本来ならご法度なのに「北の富士が出るならしょうがない」ってみんなに言わしめたんだ。北の富士さんの日々の行いがみんなにそう言わせたんじゃないかな。「(九重親方の)千代の山関に相撲の世界に入れもらったんだから、部屋を持ったら付いて行くのが筋だ」って、鶴田浩二の世界だよ! 北の富士さんと付き合ったことがないとピンとこないと思うけど、一晩か二晩、酒席を一緒にしたら必ず惚れると思うよ。俺の娘も20歳くらいのときにご一緒して「カッコいい〜」って惚れたくらいだからね。

 北の富士さんが横綱の頃は、北の富士さんの班と、こちらも横綱の玉の海関の班の2班に別れて地方従業をやっていたんだ。3〜4場所を残して玉の海関が急逝したとき、すでに巡業を終えていた北の富士さんが、横綱の玉の海関を楽しみにしていたファンがいるんだからと、代わりに巡業に参加したんだ。そして、横綱の土俵入りを披露するとき、本来は雲龍型の北の富士さんが、玉の海関の不知火型(しらぬいがた)で土俵入りをしたんだよね。こういうところも粋だよね。

 北の富士さんくらい、相撲をやめた後も日の当たる場所をずっと歩いている人はいないよ。映画界の人が石原裕次郎さんに憧れるのと同じく、相撲界の人は北の富士さんに憧れるという人は多いよ。そんな北の富士さんだけど、俺もまいっちゃったことがたくさんある。例えば、一緒にスナックに行って、俺がカラオケで気持ちよく歌っていると「源ちゃん、そんなに下手なのによく歌えるね」って。あれにはさすがの俺もカチンと来たよ!(笑)

 それから、プロレスラーになってから九重部屋に顔を出したとき、横綱の千代の富士関と言い合いになったことがあるんだけど、その場にいた北の富士さんが仲裁するかと思ったら「俺、知らな〜い」ってどこかへ行っちゃった。あれは疾風のように早かったよ(笑)。飄々としてお茶目なところも憎めない。大相撲中継で解説やっている時も、舞の海が長い講釈をしていると「俺はわかんないな〜」なんて平気で言うからね(笑)。舞の海も北の富士さんにそう言われたら困っちゃうよ。

 大人がテーマだったけど、結局また北の富士さんの話になっちゃったね(笑)。成人式かぁ……70歳の今になって振り返ると、20歳はまだ人生の何分目かだ。かつての俺もそうだったけど、若い頃はつい功を焦ってバタバタしてしまうけど、しっかり自分の考えを持って足元を固めた方がいいっていうのが俺の結論だ。ちゃんと地に足をつけて頑張っていれば、きっと結果はついてくるよ!

(構成・高橋ダイスケ)

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。