年末の全日本選手権で優勝を果たした羽生結弦選手は、3月の世界選手権に挑む。今季はコロナ禍でグランプリシリーズには出場せず、これまでにはないようなシーズンを経験した。その葛藤をも乗り越えて、世界中に感動を届ける羽生選手。これからにむけてどんな気持ちで臨むのだろうか。小中学生向けニュース月刊誌「ジュニアエラ」3月号の記事を紹介する。

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 昨年12月のフィギュアスケート全日本選手権で、圧巻の優勝を果たした羽生結弦。東日本大震災を仙台で経験した26歳は、コロナ禍の葛藤を乗り越え、価値ある勝利をつかんだ。

 羽生は昨年2月以降、地元の仙台で練習を続けてきた。

「1人だと、悩み始めると負のスパイラルに入りやすい。でも1人だからこそ深く分析したりだとか。経験するいい機会になりました」

 12月25日男子ショート、約10カ月ぶりの実戦となった羽生は、完璧な仕上がりだった。ショートはロック曲「Let Me Entertain You」。

「こんなにもつらい世の中、明るい話題になったらという思いで選びました」

 ビートに乗り、クールに弾けまくる。2本の4回転を軽々と決め、首位発進となった。

 フリーは新たな伝説を予感させる「天と地と」だ。上杉謙信を描いたNHK大河ドラマのテーマ曲である。

「僕自身、競技は好きです。でも、戦っても勝てなくなったり、僕が1位になることで誰かの犠牲があったり、葛藤を感じていました。謙信公の戦いの美学に影響され、気持ちをリンクさせながら滑らせていただきました。戦いに向かっていく芯みたいなものが見えたらいいなと思います」

 本番では、冒頭の4回転ループを決めると波に乗った。

「心からよかったと思えるジャンプでした。残る4回転サルコーとトーループは、長年一緒にやってくれているジャンプたちなので自信をもってやりました」

 音楽に溶け込み、強さと美しさが絡み合う。合計319・36点で貫禄の優勝だった。

「震災を経験した僕にとっては、やっぱりスケートは自分が好きなことでしかありません。(コロナ禍のなか)改めてスケートができるのは当たり前じゃないと痛感し、こうやって競技の場を設けてもらう罪悪感もあります。だから自分の演技が、1秒だけでも、皆さんの生きる活力になったらいいなと思いました」

 3月には世界選手権が予定されている。

「この試合が終わり次第、4回転半ジャンプのための体づくりをやっていきます。世の中の状況を見ながら、最大限の努力をしていきます」

【年表で振り返る羽生結弦ヒストリー】
1994年 12月7日 宮城県仙台市で生まれる
1999年 4歳でスケートを始める
2009年 ジュニア・グランプリファイナル、男子史上最年少の14歳で優勝
2010年 15歳、世界ジュニア選手権優勝
2011年 16歳、東日本大震災発生。アイスリンク仙台で練習中に被災し、リンクは営業休止に。自宅も被害を受け、4日間避難所で過ごした
2012年 18歳、全日本選手権で初優勝
2013年 19歳、全日本選手権連覇/初の五輪代表決定
2014年 19歳、ソチ五輪で日本男子フィギュア初の金メダル、世界選手権で初優勝
2017年 22歳、練習中に右足首を負傷
2018年 23歳、平昌五輪で2連覇/国民栄誉賞、個人最年少受賞
2020年 26歳、全日本選手権で、5年ぶり5度目の制覇

(スポーツライター・野口美恵)

※月刊ジュニアエラ 2021年3月号より