複数のポジションをこなす27歳の中堅内野手・山本泰寛が昨オフ、巨人から金銭トレードで阪神に移籍。昨季は12球団ワーストのシーズン85失策と“守乱”に泣いた阪神とあって、守備力の高い内野手の加入は、願ったり叶ったりだ。山本自身も「必要としてくれる球団に入ることができてうれしい。ジャイアンツを倒して優勝できるように頑張ります」と今季にかける意気込みを語っている。



 このトレードは、昨季1軍出場ゼロに終わった山本に“脱・飼い殺し”の機会を与えるとともに、関西を地盤に活動する妻の毎日放送・辻沙穂里アナウンサーと同居できるよう、原辰徳監督が配慮した結果といわれ、双方の球団にとっても、山本にとっても、良いトレードになったという印象が強い。

 そして、巨人、阪神間のトレードは、2004年1月のカツノリ(阪神→巨人)の金銭トレード以来、約17年ぶり、2リーグ制以降の70年間でも、今回の山本も含めてわずか5例(広澤克実やダレル・メイのように自由契約後の移籍は除く)しか成立していないという珍しさも話題になった。

“伝統の一戦”を売りにする長年のライバル同士とあって、やはり「放出した選手に移籍先で活躍されたら困る」ということがネックになるようだ。

 ちなみに5例中、最初のトレードは79年。あの世間を騒がせた江川卓と小林繁の三角トレードだった。

 前年11月21日、“空白の一日”を利用して浪人中の江川と電撃契約を交わした巨人だったが、この契約は認められず、翌日、巨人が出席をボイコットしたドラフト会議で、4球団競合の末、阪神が江川の交渉権を獲得した。

 だが、巨人を熱望する江川が阪神を拒否し、二浪することをプロ野球界全体の損失と考えた金子鋭コミッショナーは「江川を阪神に入団させたあと、速やかに巨人にトレードするように」と異例の要望を行い、最終的に阪神・江川、巨人・小林の交換トレードが成立した。

 皮肉にも両球団の最初のトレードは、球界の最高権力者の“強い要望”に従った結果だったわけだが、“人身御供”になった小林は同年、巨人戦で無傷の8連勝を記録するなど、男の意地を見せて自己最多の22勝を挙げ、最多勝と沢村賞に輝いた。

 もともとお互いトレードに乗り気でなかったのに、こんな騒動があれば、ますます消極的になるのも無理はない。

 そんな紆余曲折を経て、83年オフ、2例目となる太田幸司と191センチ右腕・鈴木弘規の交換トレードが成立した。

 太田は近鉄、鈴木は阪急からの移籍組で、どちらも生え抜きではないことに加え、当時は登板機会も激減。太田は在籍わずか1年と“巨人色”も薄いことなどから、話がまとまったと思われる。

 同年、阪神はエースの小林がシーズン後に電撃引退したため、穴埋めに山内新一(南海)、稲葉光雄(阪急)の両ベテランを獲得。それだけでは足りず、近鉄時代に二桁勝利を3度記録した太田も浮上した形だ。

 三沢高時代に国民的アイドルになった太田は、プロ入りの際に阪神を意中の球団に挙げており、野球人生の最後に希望が叶ったことになる。

「もう最後だと思っている。やれることはすべてやるつもり」と背水の陣で臨んだ太田だったが、球威不足で多彩な変化球を生かすことができず、翌84年は1軍出場ゼロのままユニホームを脱いだ。鈴木も登板わずか6試合で85年を最後に引退している。

 3例目は90年オフの石井雅博と鶴見信彦の交換トレードだ。どちらも生え抜きだが、補強戦略と言うよりも、個人的な事情優先の半ば救済的なトレードだった。

 石井は箕島高、明大、巨人でいずれも日本一を経験したが、プロ入り後はけがに悩まされ、同年も1軍出場はわずか5試合。「チャンスがあれば、新天地でチャレンジしてみたい」とシーズン中からトレード志願していた。

 一方、89年にドラフト2位で阪神入りした鶴見も2年間1軍出場がなく、2軍首脳陣と折り合いが悪かったことから、トレードを希望していた。

 しかし、2人とも新天地で活躍することなく、翌年、揃って戦力外になった。

 4例目は冒頭でも触れた04年のカツノリだ。このトレードは、同年のドラフトの目玉で巨人が獲得を狙っていた野間口貴彦(シダックス)の背後にカツノリの父・野村克也監督がいたことから、「野間口獲りの布石ではないか?」と囁かれた。

 99年、父の阪神監督就任とともにヤクルトから移籍してきたカツノリは、後任の星野仙一監督の体制下で出番が激減し、前年は1軍出場ゼロ。「1軍のベンチに座っているのは耐えられても、30歳で2軍のベンチに座っているのは辛い」と移籍を希望していた。

 一方、巨人も夏のアテネ五輪で正捕手の阿部慎之助が日本代表に選ばれると、1、2軍とも捕手が手薄になるという理由から、カツノリ獲りに動く。

 当時は阪神も“野間口詣で”の真っ最中で、カツノリは“掌中の珠”とも言えたが、「阪神のエゴではなく、とにかくチャンスを与えてやりたい」(野崎勝義球団社長)とすんなり送り出している。

 同年、巨人は野間口獲得に成功し、カツノリ(巨人では本名の野村克則)はたった1年で戦力外に。真相はどうあれ、“人質”の印象は免れなかった。

 世間を騒がせたり、実効が上がらなかったり、これまであまり良い印象がなかった両球団のトレードだが、山本がそんな負のイメージを払拭できるかどうか、今季の働きぶりが注目される。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。