「マック」鈴木誠。

 10代で単身渡米しメジャーリーグまで上り詰めNPBでもプレーした大型右腕。国内外、様々なカテゴリーの野球を知る男が現在の野球界についてざっくばらんに語り尽くしてくれた。MLBにおける日本人選手の活躍については、どう感じているのだろうか。

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●「大谷翔平(エンゼルス)、筒香嘉智(パイレーツ)が良い例ですが、NPBでプレーしてから渡米した方が絶対に良い」

 メジャーへの到達には実力、運、そして契約条項など多くの要素が絡み合う。マック自身は16歳で渡米して独立リーグのチームに職員兼任練習生として入団した。翌年メジャー傘下のマイナー球団へ移り、そこから実績を重ねメジャーまでたどり着く。MLB実働6年で通算16勝31敗。底辺からトップまでを知り尽くした身からすると、NPBで実績を残して渡米した選手にはアドバンテージがあるという。

「NPBで自分の商品価値を太く、大きくした方が良い。獲得可能性のある球団数や契約年数が違う。仮に大谷君が高卒の18歳で渡米した場合、まずはマイナーで結果を求められた。飛び抜けた成績を残さないと埋もれやすくなる。ワン・オブ・ゼム、多くの中の1人になってしまう。米国には16〜17歳でも90マイルのボールを投げる投手はたくさんいる。ウインターリーグでベネズエラ、ドミニカ、メキシコでもやったけど100マイル(約160キロ)を投げる投手もいる。スピードガンが壊れてるんちゃう、と思ったほど。ピンポン球のようにボールが浮いて見える。それでも就労ビザが出ないから渡米できない。日本で実績を残しておけばそういった心配のない契約を勝ち取れる」

「もちろん大谷君のポテンシャルが飛び抜けているのは大きい。しかしトミー・ジョン手術(肘のじん帯再建手術)をしても二刀流での復活プランを立てられたのは厚い契約があったから。普通のマイナーリーガーなら二刀流なんて言っている場合ではない。そして日本ハムがしっかりした計画性を持って鍛えあげたのも理解されていたはず。メジャー球団はNPBに対する信頼、信用があるから高いお金を出す。筒香君も同様で2年のメジャー契約という強みがあった。渡米時にマイナー契約だったら早くにリリースされた可能性が高い。早く上まで上がってこないとクビになるよ、ということ。それは他の選手、白人、黒人、中南米、韓国、台湾でも同じ」

 大谷自身のポテンシャルはもちろん日本ハムの育成能力の高さも信用につながった。キャンプ時のマイナー契約から開幕直前にメジャー契約に切り替わったのも当初からの決定事項だった。筒香もNPBにおける実績があったので2年総額1200万ドル(現在のレートで約13億2000万円)と言われる契約を勝ち取れた。結果的に米国の野球に適応するまでの時間を稼ぐことができた。


●「前田健太(ツインズ)のトミー・ジョン手術も契約で守られているからできること」

 前田は9月1日(日本時間2日)、右肘のトミー・ジョン手術を受けた。手術は無事成功、復帰に向けて歩み始めているが、じん帯の状態は相当悪かったという。投げ過ぎの声も聞こえるが、マックは今回の手術に対して少し異なった視点からとらえている。

「トミー・ジョン手術をするのは投げ過ぎが原因なのもある。もちろんアマチュアから即渡米すればフレッシュな状態で投げられる。でも米国の投げ過ぎていないような投手でもトミージョン手術をしている。数年先を見越した投資的な意味で手術をやる投手がいるのも事実。契約で守られているメジャーの投手や可能性があるマイナーの若手投手などです。手術は絶対ではないし、失敗する例もあるから選択は選手それぞれです」

「例えば昔の投手もMRI検査をしたらトミー・ジョン手術が必要だった人もいたはず。我慢したり自分のやり方で痛みを軽減したりして投げていた。そうでないと米国ではすぐにクビになる。特にスプリングトレーニングは選手をふるいにかける場所だから、痛いと簡単に言える立場の選手は少ない。だから契約で守られている選手は無理をしなくて良いし手術も受けられる。NPB経由でメジャー契約から挑戦する選手はそういう部分でも有利なはず。自分自身の調整プランを守ることができる。マエケンは米国での将来を考え今の時期に手術したんだと思う」

「アマチュアから即渡米した場合、日本での投げ過ぎは抑えられるかもしれない。英語を覚えたり環境に慣れるのも早くなる。でも成績が出せなければそこで終わり。今は日本人以外の国の選手にも通訳がつく。パフォーマンスを出せばサポートするのが球団の考え。すべてが契約に盛り込まれる。そういった意味で言うと、実績がなくマイナー契約なら仮に故障気味であっても投げ続ける必要も出てくる。結果的に米国で投げ過ぎ状態になってしまう」

 高校野球での球数制限などが話題になっている。日本ではアマチュア時代からの投げ過ぎが問題視される。しかし好条件の契約ができなければ米国でも投げ過ぎ状態になる可能性はある。特に若い時期にマイナー契約で米国挑戦する投手はその危険性が高くなってしまう。

●「日本で技術、メンタルを建て直し、実績を持った状態で米国再挑戦したかった」

 92年からの米国生活を経て、03年からはNPBオリックスで3年間プレーした。この時期のマックは自身のプレーに対し大きな迷いが生じていた。「迷宮入りしていた」と語るほど投球に悩んでいた。NPBで野球選手としての立て直しを図り、実績を残した状態で再びメジャーを目指すことを視野に入れていたという。

「米国で投げられる自信があったら日本に帰って来なかった。招待選手でメジャーキャンプに参加するチャンスはあったが、その場合、首の皮一枚つながっているかどうかの立場。11人の投手枠を30人くらいで争うが、10番目くらいの投手にアクシデントがないと入れない。僕より実績があったり若くて元気があったりする投手もいる。それなら1度日本に戻って建て直してその先にメジャーという目標をおいた。NPBで結果を出せばメジャー側の評価も違うから」

 しかしオリックスでの3年間は立て直す期間にはならなかった。その後、05年オフにアスレチックスとマイナー契約、翌春キャンプへ参加するも結果を残せなかった。その後はメキシコ、台湾、ベネズエラ、米国・独立などで投げ、11年の関西独立・神戸サンズでの選手兼任監督を最後にユニフォームを脱ぐ形となった。

「やはりNPBは米球界でも評価は高い。メジャーに定着して結果を残したいなら、遠回りに思えてもNPB経由が最も最短距離かもしれない」

 多くの国、カテゴリーで投げたマックが、改めて日本人投手のメジャー成功のためのヒントを教えてくれた。(文中敬称略)

(文・山岡則夫)

●プロフィール

マック鈴木(鈴木誠)/1975年5月31日兵庫県出身。193cm90kg。92年に渡米、96年7月7日のレンジャーズ戦でメジャーデビュー、98年9月14日のツインズ戦で初勝利を挙げる。マリナーズ、メッツ、ロイヤルズ、ロッキーズ、ブリュワーズなどでプレー。02年にはドラフト2位でオリックス入団。06年から再び海外でのプレーを経て11年は関西・独立リーグでプレーイングマネージャーを務めた。MLB通算117試合登板16勝31敗、防御率5.72。NPB通算53試合登板5勝15敗1セーブ、防御率7.53。


山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。