アメリカ男子の新星、イリア・マリニンが強烈な印象を残したのは、北京五輪代表選考のかかった2022年全米選手権だった。初めての全米選手権に臨んだ17歳のマリニンは、ショートプログラムで2本、フリーで4本の4回転を決め、北京五輪で金メダリストとなるネイサン・チェンに続く2位に入ったのだ。しかもショートとフリーの冒頭で跳んだのは4回転の中でも高難度のルッツで、無駄な力を使わない効率的な跳び方で成功させている。シニアでの試合経験が少ないマリニンは北京五輪代表から漏れたが、その選考結果に疑問の声が上がったのも、彼の与えたインパクトの大きさを物語る。

 北京五輪の約1カ月後に行われた世界選手権(3月、フランス・モンペリエ)に出場したマリニンは、ショートでルッツを含む2本の4回転を成功させて100.16をマーク、100点超えを果たす。ショート4位につけて臨んだフリーでは4回転ルッツと4回転トウループをきれいに成功させて快調に滑り出したものの、3本目の4回転となるサルコウでの転倒をきっかけに崩れ、総合9位に終わった。シニアの壁に直面したマリニンだが、コロナ禍によりシニアの世界選手権後の開催となった世界ジュニア選手権に向け「世界ジュニアで重点を置くのは、今回のような演技をしないことです」と誓っている。

 4月、エストニア・タリンで行われた世界ジュニア選手権で、マリニンはその言葉通りの演技をやってのけた。ジュニアの規定により4回転を組み込むことができないショートでは楽々とクリーンな滑りをみせ、トップに立つ。そして真価を発揮するフリーでは4本の4回転を着氷、2位の選手に40点以上の大差をつけて優勝した。既にマリニンがジュニアの枠にとどまらないスケーターであることを示す、圧巻の強さだった。

 ロシア出身でウズベキスタン代表として活躍した元フィギュアスケーターを両親に持つマリニンは、その指導を受けて育ったサラブレッドだ。血筋の良さと幼少期からの正しい指導に加え、ネイサン・チェンを育てた名伯楽、ラファエル・アルトゥニアンにも師事する。既に世界選手権でその才能の片鱗をみせたマリニンが本格的にシニアに上がれば、一気にトップスケーターとなるかもしれない。

 そして、マリニンは4回転アクセルにも挑んでいる。今年5月、アメリカフィギュアスケート連盟のツイッターに、マリニンが練習中に4回転アクセルを着氷させる様子がアップされた。マリニンは4回転―4回転の連続ジャンプの成功にも意欲をみせており、前人未到の高難度ジャンプに取り組む気概を示している。

 今季はジュニアとシニアの掛け持ちで競技会に参加していたマリニンの滑りはまだ粗削りだが、プログラムの中で時折スター性をのぞかせる。手足が長いマリニンは体の線も美しく、ただジャンプに秀でるだけではない魅力的なスケーターに成長していく予感が漂う。

 マリニンがインスタグラムで名乗るユーザーネームは“quadg0d”。自らを“4回転の神”と称する強気な17歳が、今後男子シングルの台風の目となることは間違いない。(文・沢田聡子)

●沢田聡子/1972年、埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。「SATOKO’s arena」