さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第31回はオランダのアムステルダム中央駅から。

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 ヨーロッパの鉄道駅の外観には、つい足が止まってしまう。そこには、ヨーロッパに集まった富や王室の権力もにおってくるのだが、夜、鉄道駅に着き、ふと振り返るとライトアップされた駅舎が浮かぶ。それに見とれてしまうのだ。
モスクワのレニングラード駅、パリ北駅、ロンドンのヴィクトリア駅……。美しさを超えた迫力すら感じる。

 しかし、アムステルダム中央駅に降りたときの印象は少し違った。あれは20年ほど前だっただろうか。ある雑誌を立ちあげるために、ヨーロッパの旅行会社を訪ね歩いていた。

 アテネからパリまで飛行機で向かい、パリからアムステルダムまでは列車を使った。夜に着いたのだが、その日の宿も決まっていなかった。

 どこかビジネスのにおいのする旅で、こういうときは、高級ホテルに泊まり、スーツを着て、旅行会社に交渉にいくのが普通だったのかもしれない。しかしバックパッカーあがりの旅行者である。ホテルを探し歩いていくと、つい、ゲストハウスに辿り着いてしまうのだった。

「どちらにお泊まりですか」

 旅行会社の社長の質問にはいつも困った。駅の近くのホテルです……などとお茶を濁しながら、ヨーロッパをまわっていた。

 近くに安い宿はあるだろうか。アムステルダム中央駅を出、しばらく歩き、周囲を見渡した。

 そのとき、ライトアップされたアムステルダム中央駅が視線に入り、つい見とれてしまった。

 目の前に運河がある。そこに煉瓦づくりの駅舎が揺れていた。ゴシック建築のように映った。後で調べると、ネオゴシックとネオルネサンスの融合建築なのだという。1889年に建てられている。一時、東京駅はこのアムステルダム中央駅をモデルにしてつくられたという説もあったという。建築家の研究で否定されたようだが。

 僕にはそんな話は関係なかった。運河に沿うように建つ駅舎に見入っていた。ヨーロッパの駅は迫力があるが、運河がこんなにも似合う駅を僕は知らなかった。

 アムステルダムは、ユーラシア大陸の西、大西洋に面している。アジアからヨーロッパに向かっていくと、終点の雰囲気がある。旅の疲れが出る頃でもある。そんなとき、アムステルダム中央駅は、妙に優しく映る。

 今年の3月、僕は再びアムステルダムにいた。シベリア鉄道に揺られ、モスクワからワルシャワ、ベルリンを通ってアムステルダムに辿り着いた。やはり夜だった。

 アムステルダムのホテルは高い。ゲストハウスに毛の生えたような宿でも1泊2万円近くする。旅の果てのこの物価は応える。

 駅を出て、やはり振り返っていた。

 アムステルダム中央駅は、やはり優しく映った。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など