7月23日、昨年の台風19号の被害を受け運休が続いていた箱根登山鉄道の箱根湯本〜強羅が運行再開を果たした。文字どおり箱根山に挑む同区間の標高差は445メートル、勾配は最大で80パーミルにのぼる。その急峻なルート越えを助けるのが3カ所のスイッチバックだ。



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■スイッチバックは面白い

「こうやってジグザグに進みながら坂を登ってゆくんだよ」

 幼いころ、家族旅行ではじめて体験した箱根登山鉄道。途中で反対方向に進んでゆくのをはしゃぎながら眺めていると、父親がその意味を教えてくれたものだった。自宅近所で歩いた山道もそうなっているだろうという説明に、子ども心に「なるほど」と理解したのを覚えているが、なによりも行きつ戻りつする列車が新鮮で面白かったし、いまでもそれは変わらない。

 箱根登山鉄道にあるスイッチバックは、箱根湯本(麓)側から順に出山信号場と大平台駅、上大平台信号場の3カ所。いずれも限られたルート選定のなか急勾配を克服する目的で設けられたものだ。ところが、各地の鉄道路線を見てみると、山岳とも勾配とも無関係と思われるスイッチバックも多く、どうしてそこにスイッチバックがあるのか不思議に思うことはないだろうか。

■そしてスイッチバックが残った!?

 スイッチバックとひとことで言っても、いくつかのタイプがある。分類の仕方によっても異なるが、ココではの次の3通りで分けてみた。

・A:折り返しタイプ
・B:通過線併設タイプ
・C:その他

 箱根登山鉄道の3カ所はいずれもAタイプと考えられ、進んできた列車が駅や信号場のどんづまりで停車したのち、反対方向に折り返しながら先に進んでゆく。同様のタイプに、JR木次線の出雲坂根駅やJR肥薩線の大畑駅と真幸駅、JR豊肥本線の立野駅などがあり、ここに挙げた4カ所はいずれも山岳地に設置されている。出雲坂根駅は2カ所のスイッチバックが、大畑駅はループ線の途中に位置し、山岳路線ならではの鉄道名所としても知られている。

 一方、同じAタイプでもJR石北本線の遠軽駅やJR花輪線の十和田南駅、西武池袋線の飯能駅、一畑電車北松江線の一畑口駅などは山岳や勾配とは無縁で、平地や市街地のなかで線路が折り返す形になっている。地図で見るとわざわざルートを逸れるようにして駅を設け、障害物など見当たらないのに突如にして線路が途切れているふうでもある。一畑口駅の場合、そのまま直進すれば集落の最寄りに駅が設置できそうに見えるのに、「人」の字のような線形で北側に入り組んだ位置に駅があるのだからわからない。

 タネ明かしをすると、遠軽駅の場合はかつて名寄本線がオホーツク沿岸の湧別方面に直進していたが、同線が1989年5月に廃止された結果、石北本線上のスイッチバック駅として残ったものだ。駅は湧別軽便線(野付牛=現・北見〜湧別)時代の1915年に開業したのち、1927年に遠軽〜丸瀬布(石北東線)が開業し、札幌側から直進する名寄本線とスイッチバックをする石北本線という構造になったのであった。この類似形が一畑口駅で、かつては同駅から一畑駅まで線路が直進していたのである。この区間は1944年に休止ののち1960年に廃止され、その名残りの線形が残ることとなった。

 十和田南駅の場合は建設計画の中止がこの線形を残した。同駅は秋田鉄道が1920年に開業したが(当時は毛馬内駅)、その先の小坂までの延長計画があったのである。この計画は免許が交付されたものの建設を断念、その名残りがスイッチバック駅がというわけだ。飯能駅のケースでは、同駅と吾野との間を延伸するさいに、国鉄八高線との接続を図ったことによる。両線は東飯能駅で連絡しているが、飯能駅を通らずに池袋側と吾野(西武秩父)側とを結ぶ短絡線が、未成線として路盤を残している。
 
■本線が間借りしているような物件も

 BタイプはJR篠ノ井線の姨捨駅やえちごトキめき鉄道妙高はねうまラインの二本木駅、土讃線の坪尻駅と新改駅などが代表例。このタイプは本線から引き込み線のようにスイッチバック線が設置され、その線上に駅など停車場が設けられている。本線は駅ホームとは無関係にスルーしているため、特急などの通過列車はスイッチバックをせずに通過してゆくことになる。

 その他のタイプとしては、直進ルートと折り返しルートが共存する例が挙げられる。磐越西線の会津若松駅は只見線や会津鉄道の起終点駅でもあるが、幹線である磐越西線が同駅でスイッチバックする形になっており、3面5線ホームのうち1・2番線が行き止まりの頭端式。これは当初の計画が直進して新潟方面を目指すものであったが、喜多方経由に変更されたことによる。この類似例にJR九州の早岐駅がある。特急街道である佐世保線と非電化ローカル線の大村線との接続駅だが、不思議なことに幹線である佐世保線のほうがスイッチバックを余儀なくされているのである。これは大村線が福岡方面と長崎とを結ぶメインルート(九州鉄道長崎線→国鉄長崎本線)だった名残りだ。

 このタイプには、ほかに東武野田線の柏駅や小田急江ノ島線の藤沢駅などが挙げられる。このタイプうち、大曲駅では秋田新幹線がスイッチバックになっているが、これは田沢湖線の線形のため。その結果、「こまち」の全列車が同駅で停車することとなった。

 ざっとスイッチバックを検証してみたが、地形のみならず鉄道の栄枯盛衰など歴史にも関わっており、その成立の経緯や関連する廃線跡など、意外と興味深い物件ともいえる。(文・植村 誠)

植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。