ダンス動画などで10代を中心に世界中で人気のアプリ「TikTok」に、政治家たちが注目し始めた。国をあげてのさまざまな目論見に、交渉ばかりが踊る。米国事業の買収にオラクルの名前もあがったが、今後、はたしてどうなるのか。



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 テンポよく切り替わる動画が人気のアプリをめぐり、世界の動きがどうも鈍い。

 日本でも若者を中心に広く使われている中国産の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を排除する動きが、米国内で進められている。米トランプ政権は8月14日、開発・運営元の中国企業バイトダンスに、TikTokの米国事業を売却するよう正式に命じた。

 トランプ大統領の逆鱗に触れた理由──それは、ユーザー情報の流出という懸念だ。大統領選挙を前に、「利用者のデータが中国政府に渡りかねない」「安全保障上の問題がある」などと主張し、米国でTikTokを実質的に使用禁止にする大統領令を発出するに至った。

 売却の交渉には米マイクロソフトや米ウォルマート、米ツイッターなど大手企業が動きを示すなど、買い手は複数挙がった。

 これには、TikTok側も黙ってはいない。

 8月24日、バイトダンスとTikTokの米国法人が、「表現の自由を侵害している」などと米政府を相手に提訴。また中国政府も、AI(人工知能)や音声認識などの技術を中国から海外に移す場合は政府の承認を必要とする輸出規制強化を打ち出し、TikTokがこれに当たると見られたことで、米国内の売却交渉は大きくずれ込むともいわれている。

■インドでも利用禁止に

 さながら米中殴り合いのけんかのようだが、これに先立ち、6月にはインド政府もTikTokをはじめとする50種類以上の中国製アプリの利用を禁じていた。インド国内でも大人気だったが、政府は国民のプライバシーについての情報が国外に持ち出されているなどと主張。その動向が注視されていた。

 米調査会社によれば、TikTokアプリのダウンロード数は世界で20億回を突破。近年、段違いの成長を見せ、日本でもその影響力は計り知れない。

 しかし、だ。

 ユーザー層は圧倒的に若者中心ということもあり、TikTokという名前は聞いたことがあっても「使ったことがない」「詳しく知らない」という人も多いはず。ここで、少しだけおさらいしよう。

 そもそもTikTokとは、ショートムービーをシェアして楽しむアプリ。ティーンを中心に支持を集め、15〜60秒の動画を次々と流し見でき、撮影した動画を簡単に編集、配信することも可能だ。フォロワーを多く集める「TikToker」と呼ばれる人気のユーザーもいる。

 こんな現象もある。

 数々の音楽配信チャートで上位にランクインするシンガー・ソングライター瑛人さんの楽曲「香水」。これも、TikTokがきっかけで人気に火がついた。「君のドルチェ&ガッバーナーの〜」のフレーズにあわせて「歌ってみた」「弾いてみた」などの動画が次々とアップされ、たちまち人気者となった。昨年には人気グループ、嵐の公式アカウント開設が大きな話題になるなど、インスタグラムやツイッター同様、いまや世界のセレブたちがこぞって使う。

■日本でも自主的な規制

 日本で人気が急伸したのは2018年ごろから。一般ユーザーだけでなく、若者をターゲットにした企業のプロモーションも目立つようになる。19年3月には、日本共産党もアカウントを開設。若年層へのアピールを目的として、同党の志位和夫委員長が淡々とピアノを奏でる動画を投稿していた。

 つまり、個人ユーザーに限らず、さまざまな分野の企業や団体がTikTokの影響力にあやかりたいのだ。それほどまでに存在感が高まっていた。

 だが、冒頭の米政府の対応を受け、日本でも、自主的な規制の動きが出ている。

 埼玉県や大阪府、神奈川県などが「情報流出に不安の声がある」として自治体アカウントの使用を停止した。また自民党の議員連盟は7月末、会合で「安全保障上の問題がある」として、中国アプリの制限を検討するように政府に提言するとした。

■停止されたアカウント

では、当のTikTok側は一連の動きをどう見ているのか。バイトダンス日本法人の広報担当者は本誌の取材に対し、8月中旬、騒動について文書でこう回答した。

「すでに透明性レポートで明らかにしているとおり、中国政府にユーザーデータを提供したことはなく、また要請されたとしても提供することはありません。今後も引き続き、日本のユーザーや関係機関の皆さまにしっかりと説明責任を果たしてまいります」

 ただ、本当に中国政府の影響を受けないと言い切れるのか。これまでも、懸念はあった。

 昨年11月、米国在住の女子高生がメイク動画に見せかけて、中国当局によるウイグル人の弾圧を非難する投稿をしたところ、アカウントは一時停止となった。批判を受けて、TikTokは「人為的なミス」と謝罪した。今年8月には、バイトダンスが、インドネシアのニュースアプリ上で中国政府に批判的とみられるコンテンツを検閲していたと報じられている。

 ITジャーナリストの三上洋さんは、中国企業ならではの事情があるという。

「中国には、政府から要請があった場合、企業は情報を提出しなければならない『国家情報法』があります。運営側がいくら否定しても、疑念は拭い切れないでしょう」

 TikTokは、中国とのつながりが「薄い」とアピールしてきた。他の中国産アプリと比べても世界中にユーザーがいるTikTokには、一見して「中国の影」は感じられない。

 三上さんは「成り立ちからして、他の中国アプリとはスタンスが違う」と話す。17年に米国の音楽アプリを買収して世界でシェアを広げた一方で、中国国内ではTikTokとは別のアプリ「抖音(トウイン)」として展開している。

 利用者の情報についても、サーバーは米国とシンガポールに置いている。さらに今年6月、米国法人のCEOに米ウォルト・ディズニーの幹部だったケビン・メイヤー氏を迎え入れ、いっそう欧米色を強めた。

「TikTokと同時に大統領令で使用禁止を突き付けられた中国アプリ『微信(ウィーチャット)』は、中国政府が通信内容を検閲しているといわれています。実際に、天安門事件の追悼集会の写真を投稿して、アカウントが一時ブロックされた記者もいました。ですが、TikTokには中国政府が介入している証拠がない。彼ら側からすると、トランプ大統領から、いちゃもんを付けられたというところでしょう」

 と三上さんは指摘する。

■買収額は数兆円規模

 前述の米国法人CEOに就任したばかりのメイヤー氏も、わずか3カ月足らずの8月下旬に辞任。米政府の厳格な対応などが影響しているといわれている。

 ひとつの人気アプリがきっかけで、国をも巻き込んでの大ごとに発展したが、その買収額は数兆円規模とも報じられている。世界戦略という歩みを止めたくないはずだが、野望の見直しは避けられない。

 日本にはどのような影響を与えるのか。前出のバイトダンス日本法人広報担当者は、本誌の取材に「日本の運営は現状変わらず行ってまいります」と明らかにしたが、三上さんは今後をこう分析している。

「米国でどんな買収が繰り広げられるかによって、今後の日本での展開は変わってくるでしょう。完全に売却した場合、著作権の問題で、日本ではTikTokというアプリ名やサービス内容が使えなくなる可能性があります。売却が一部、または売却しなかった場合、米国企業が運営するグーグルプレイやアップストアから、ダウンロードできなくなることもありえるでしょう」

(ライター・井上有紀子)

※AERA 2020年9月21日号