近年、問題視されているネット上の誹謗中傷。東京・池袋の乗用車暴走事故では、受刑者がネット上で激しく批判されたことが社会的制裁として考慮され、量刑軽減の理由の一つにもなった。この事故で妻子を亡くした松永拓也さん(35)は「過度な制裁によって減刑になったことは悲しく思っています」と話す。一方で、こうした現状を改善する対策も始まっている。AERA 2021年11月8日号で取材した。

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 ネット上では誹謗中傷が相次いでいる。この夏に開催された東京五輪・パラリンピックでも、選手に対する悪意に満ちた書き込みが問題視された。

 ヤフーなどIT企業20社でつくる一般社団法人「セーファーインターネット協会(SIA)」が昨年6月に設立した「誹謗中傷ホットライン」によれば、開設から1年間に寄せられた誹謗中傷の相談件数は2630件に上った。これまでは被害者自身がプロバイダーなどに削除を要請しなければならなかったが、SIAは無償で代行する。

 2630件のうち、ガイドラインに該当する1813のURLを削除などするように要請する通知をプロバイダーなどに送付し、1436のURLの投稿が削除された。「なりすましアカウントをつくられ、侮辱的な内容を書きこまれた」「水商売をしていた経歴を暴かれたり、容姿を侮辱される投稿をされた」といった投稿だ。SIA事務局の吉井まちこさんは、こう語る。

「実生活やネット上での個人間トラブルのもつれが原因で、誹謗中傷に発展するケースが多くあります。実際に8割近くが削除されていますので、一人で悩まずに相談してほしい」

 人の攻撃衝動は匿名になると触発されやすい。しかも、ネットは日ごろ理性で抑えているもう一つの人格が出てきやすいとされる。

 松永さんも参加する交通事件の被害者遺族らでつくる一般社団法人「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」代表理事の小沢樹里さん(40)は言う。

「ネットに書き込むのは、被害者の思いを代弁したいという個人的な正義感が強いように思います。どのような事案でも、悲しみや怒りが当事者の感情を超えている方を多くお見受けしてきました。しかし、本来一番感情を出すのはご遺族です。当事者の感情を超えないことも支援になります。また、誹謗中傷によって被害者や遺族が傷つけられ加害者も苦痛を得るのは、犯罪被害者の団体としては望んでいません」

 言葉の刃(やいば)は被害者や遺族にも向けられる。今回、松永さんもネットでの誹謗中傷を受け、自宅にいても安全でないと思ったことが何度もあったという。小沢さんはこう話す。

「加害者が世間から社会的制裁を受けたことで量刑が減刑されるということに対し、同様に被害者も誹謗中傷という社会的制裁を受けています。それにもかかわらず、加害者のみが量刑の上で減刑されることに犯罪被害者の立場として心情的に不公平を感じています」

■誰もが誹謗中傷できる時代 小学生から教育が必要

 被害者サイドが受けた誹謗中傷が量刑に影響しないのはなぜなのか。交通事故裁判などの刑事事件に詳しい神尾尊礼(たかひろ)弁護士は、次のように説明する。

「刑罰は『やったことへの報い』です。しかし、被害者への誹謗中傷は被告人の『やったこと』ではないからです。もちろん、被告人自身が誹謗中傷をしたのであれば、別罪を構成する場合もあり、反省していないなどとして重く処罰されることになります。しかし、第三者が誹謗中傷したのであれば、それは『被告人がやったこと』ではないので被告人の罪は重くなりません」

 前出の小沢さんは、こう考える。

「SNS全盛の時代になり、誰もがネットリンチや誹謗中傷ができる社会になっています。そうした社会になったからこそ、ネット上でも被害者や加害者を作らないよう、小学生から教育が必要だと思います」

 そんななか、ネットでの誹謗中傷を食い止めようとする動きが進んでいる。侮辱罪の厳罰化を盛り込んだ刑法改正案の要綱が10月21日、古川禎久法務相に答申された。

 同罪は公然と人を侮辱した場合に適用され、法定刑は「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」。だが昨年5月、プロレスラーの木村花さん(当時22)がSNSでのネットリンチで自死した事件で、中傷した男2人が侮辱罪で科料9千円の略式命令を受けると、「量刑が軽すぎる」と批判が相次いだ。

 法改正が実現すれば「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」となり、公訴時効も1年から3年に延びる。1907年の刑法制定時以来の大幅な見直しとなり、悪質な書き込みを抑止する効果が期待できるとされる。

 ただ、ネットでの誹謗中傷に詳しい岡崎女子大学講師の花田経子さんは、厳罰化だけでは根本的な抑止効果にはならないと指摘する。

「誹謗中傷のリスクをあまり考えずネットに書き込む子どもたちに、侮辱罪を使って教えるという教育上の効果はあります。ただ、悪意を持ち誰かを誹謗中傷しようという人は、侮辱罪の成立要件を満たさない表現を使い書き込んできます。そういう人には、厳罰化による抑止効果はないと思っています」

 花田さんは、第一に救済策が必要だとし、先に紹介した「誹謗中傷ホットライン」の利用を勧める。

「ネットで誹謗中傷する人をゼロにするのは不可能に近く、意図しない誹謗中傷も起こり得ます。そのためにも、被害を受けたときにすぐ対応してくれるところが必要です。今後は多くの市町村にあるいじめ相談窓口のように、ネットでの誹謗中傷についても相談できる仕組みづくりが重要です」

(編集部・野村昌二)

※AERA 2021年11月8日号