AI技術の進展で、死によって「心」が失われることへの不安も克服されるようになるかもしれない。人の「心」をつくる脳の働きが、AIで再現できるというのだ。

 ドワンゴ人工知能研究所では、そんな「汎用人工知能」の開発を進めている。

「今のAIは、囲碁は強いがほかのことはできない、といった特定のことしかできませんが、私たちは、人と同じようにいろんなことができるAIをつくろうとしています。人の脳には、五感の認知や運動、意思決定といったさまざまな機能があります。これらの働きをそれぞれ別個のAIでつくるめどはある程度ついています。私たちの目標は2030年までに、これらを組み合わせた汎用人工知能をつくることです」

 と、同研究所所長の山川宏さんは話す。脳は、思考や言語を担う大脳新皮質、運動の調整や認知、動機づけなどを担う大脳基底核、情動を担う扁桃体、記憶を保持する海馬といったさまざまな領域に分かれている。

 山川さんたちは、こうしたパーツごとのAIをネットワークでつないで脳全体を再現しようとしている。

 これまでにネズミの大脳新皮質、大脳基底核、それに海馬の働きを模したAIをそれぞれつくり、コンピューターの中で動かしてみた。まだ脳全体の働きには遠いものの、

「200〜300くらいのパーツをつくってつなぐことで、人の脳全体を再現できると考えています」(山川さん)

 人の感情や情動の仕組みなど、脳の機能はまだわかっていないことも多い。とはいえ実際にAIをつくりながらシミュレーションで動かしてみることで、理解が進み完成への近道にもなると山川さんは考えている。

 では、「心」はどうだろう。AIで再現できるのなら、人の心をコンピューターに移してしまう「マインドアップロード」も可能になるのだろうか? 14年に公開されたSF映画「トランセンデンス」は、死んだ科学者の意識をコンピューターにアップロードして肉体の死後も研究を続けさせる物語だ。脳の働きを読み取る技術の開発は進むものの、

「課題は、その人の脳の情報をいかに読み出すか。人の大脳新皮質には約140億個の神経細胞がありますが、これらすべての情報を取り出す技術はまだありません」

 と、山川さん。もっとも、脳から直接ではなくライフログ(生活の記録)のように、その人の行動や表情など外からとらえられる情報を集めることは今でも可能だ。このデータから、その人の脳の特徴を推測して再構成することはできるようになるだろう。

 こうして、いずれ体の衰えばかりではなく、死によって心が失われることさえ克服できるのかもしれない。それが実現すれば、「人の価値そのものが変わっていく」と指摘するのは、哲学者で名古屋大学准教授の久木田水生さんだ。

「これまでもテクノロジーの進歩と社会の変化に伴って、死ぬことの意味や重要性は変化してきました」

 多産多死だった時代には、高齢者の存在がより大切にされた。理由のひとつに、高齢者がコミュニティーの中で知識を保持して伝えていく役割があった。しかし、この役割はすでにテクノロジーが代替しつつある。今後は、社会に役立つ存在としてロボットなどのテクノロジーの役割がさらに大きくなっていくだろう。

「今の社会では、人の価値は『役に立つ』かどうかで判断されることが多い。それに対してテクノロジーが『役立つ』役割を負うと、人の価値を改めて考え直す必要が出てきます。こうなったときに、人は無条件にただ生きているだけで価値があると見なさなければならないと、私は考えています」(久木田さん)

 テクノロジーの進化で死への恐怖だけではなく、死そのものがなくなるかもしれない。未来では、人の生きる価値をどこに見いだすかが、より重要になるだろう。(編集部・長倉克枝)

※AERA 2017年11月20日号より抜粋