政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 2回目となる米朝首脳会談の開催が迫る中、トランプ大統領は「核・ミサイル実験が行われない限り、急いでいない」と発言しました。どうやらトランプ政権は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」という最終的な着地点の旗をいったん横に置き、核及び大量破壊兵器の削減に向けたプロセスが前に進めばそれでもいい、というスタンスに変わっているようです。最近ではトランプ大統領が次の3回目の首脳会談すら示唆しているくらいですから、長期戦を念頭に置いた「プロセスとしての非核化」に傾いているようです。

 米朝会談で一定の折り合いがつけば、場所はハノイとは違うかもしれませんが、韓国も含む3カ国で政治的宣言として「朝鮮戦争終結宣言」を出す可能性があり、また米朝間の連絡事務所の開設も議題になるかもしれません。そして何より、北朝鮮の非核化への踏み込みに応じてどれくらいの制裁解除が実現するのかがキモになると思います。いずれにせよ、近い将来の習近平氏の平壌訪問も含めて朝鮮半島をめぐる非常に複雑なパワーゲームが展開されそうです。

 また、金正恩委員長がハノイ入りすれば、ベトナム共産党や政府要人とかなり密接な話し合いの場がもたれると思います。金委員長がサムスンのベトナム工場を視察することになるかもしれません。南北首脳会談時に、サムスンの事実上のCEOが平壌を訪れていますから、それもありうるでしょう。米朝会談に絡んだこれらの動きを見てもわかるように、今後韓国からの経済協力が進んでいくということであれば、北朝鮮は経済的に一息つくことができるため、焦って日朝交渉に乗りだす必要がないことになります。

 17日に拉致被害者家族会が「全拉致被害者の帰国以外は何も求めていない」という声明を出したのには、今後の交渉が長期戦に入っていけばますます北朝鮮に有利になってしまうという配慮からだと思います。これは大変な譲歩で、家族会にとって苦渋の決断だったはずです。

そんな中、安倍政権はどう動くのか。今回の米朝の会談は恐らく日本の外交にとって、将来に向けた大きな試金石になることは間違いありません。

※AERA 2019年3月4日号