香港のデモは拡大が止まらず、空港が一時閉鎖される事態も起きた。近くに武装部隊を待機させる中国だが、そう簡単には介入できない事情もある。



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 豪雨に見舞われた8月18日。香港政府への抗議集会が開かれた香港中心部のビクトリア公園に、傘をさした無数の市民のシュプレヒコールが響き渡った。主催者によると約170万人が参加した。20代の女性会社員は「香港政府も共産党も信用できない。香港は独立するべきよ」と吐き捨てるように言った。

 この公園から北西に約40キロしか離れていない広東省深セン(センは土へんに「川」)市の深セン湾スポーツセンターには、最近派遣された中国軍指揮下の武装警察部隊が駐留し、デモ制圧を想定した訓練を続けている。

 民主化を訴える香港市民と、にらみを利かせる武警。「一国二制度」の矛盾を象徴するような光景が広がっている。

 発端は2月、香港政府が刑事事件の容疑者を中国に引き渡せるように「逃亡犯条例」を改正する方針を出したことだった。

 中国の司法制度に不信感を抱く香港市民は多く、6月には過去最大の約200万人(主催者発表)のデモに発展。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は改正案を事実上廃案にすると表明したが、「撤回」と言わない林鄭氏に失望した市民はデモを続け、警官隊との衝突などで700人以上が拘束された。

 デモ隊の要求は改正案の撤回や警察による暴力の責任追及のほか、民主的な選挙制度にも拡大。条例の問題を超え、中国の統治システムそのものへの不信感が表面化している。中国政府は当初静観していたが、一向にデモが収まらない状況に業を煮やし、強硬姿勢を示し始めた。

 中国側が焦るのは10月1日に建国70年の節目を迎えるからだ。中国の発展ぶりを国内外にアピールし、人民の団結を演出する絶好の機会であり、盛大な記念式典や軍事パレードが催される。香港が混乱した状態では党や国家の威信が失われるだけに、中国側が武力介入するかどうかに関心が集まっている。

 国営メディアは米国旗を掲げるデモ隊をこぞって取り上げ、背後で米国が暗躍していると報じている。中国の影響が強い香港紙「大公報」は米外交官と香港の民主活動家が密談したとする「特ダネ」も載せた。デモ隊が警察官や中国の記者らに暴行を加える様子も大々的に報じられ、空港がデモ隊に占拠された8月12日には中国政府の香港マカオ事務弁公室が臨時会見で「テロリズムの兆候」という異例の表現で批判。連動するように人民日報も同日、武装警察が深センに集結したと伝えた。

「米国が裏で操るテロ集団」

 デモ隊にこんなレッテルを貼れば、強硬手段で鎮圧しても対外的に正当化できる。そんな中国側の思惑が透けて見える。

 だが今のところ、中国側が武力介入する可能性は低い。

 武力で鎮圧すれば「第2の天安門事件」として国際社会から厳しい批判を浴びるのは必至で、制裁を受ける可能性もある。トランプ米大統領は「暴力的に天安門(事件)のようなことをやればディールは難しくなるだろう」と牽制している。

 険悪化する対米関係を見据えて周辺外交の安定を目指した中国の外交努力も水泡に帰す。関係改善が進む日本で反中感情に火がつけば、来春の習近平国家主席の公式訪問は絶望的だ。

 中国の悲願である台湾統一への影響も計り知れない。中国は台湾にも一国二制度による平和統一を呼びかけてきたが、香港の状況を見た台湾側が応じるはずもない。来年1月の総統選を控え、独立志向の民進党政権を勢いづかせるのは間違いない。

 経済的リスクも大きい。中国に対する外国からの投資の7割が香港経由で流入しており、金融面での香港の存在感は格別だ。中国の外交関係者は「武力介入はありえない。政治的にも経済的にも中国のダメージが大きすぎる」と明かした。

 ただ、デモが独立運動に発展するような事態になれば、習指導部が強硬な手段に訴える可能性はありうる。デモが終息に向かうのか。過激化していくのか。香港の民主派と中国側の神経戦はしばらく続きそうだ。(朝日新聞中国総局長・西村大輔)

※AERA 2019年9月2日号