2005年1月、インドネシア、スリランカ、タイなどの地域を襲ったスマトラ島沖地震で発生したインド洋津波の2週間後、私はイスラエルから日本に行く予定でした。そのとき、私の叔母は危ないから行くなと言いました。

 彼女は「今日本に行くのはあまりに危険です! 日本は水没しているでしょう!」と言います。私が、日本は津波の起こった沿岸から遠く離れていること、私が行く予定になっている京都市は「絶対に安全である」と彼女に信じさせることがとても難しかったことを覚えています。

 最近、NHKチームがキリスト教徒にとって大事な都市であるベツレヘムで取材する予定があったのですが、ちょうどイランとアメリカの緊張感が高まった時期で、この取材がキャンセルになったという話を聞いて、自分のエピソードを思い出しました。イスラエルとイランは異なる国(距離は7時間のフライト)と説明しても、彼らはこの「状況」のため、来ないことを決めたのです。

 日本のこの「状況」に私は慣れています。中東だけではなくヨーロッパでさえ何か治安に関して悪いニュースが流れるたびに、日本の大学教授や実業家、観光客がイスラエルへの訪問を最初にキャンセルする人たちだからです。イスラエルで国際会議を主催するとき、私たちは日本の参加者に、安全であると信じさせるために一生懸命に説得しなければならないのです。

 2カ月前、日本のある地方の大学に所属する教授が、大学側からエルサレムでの会議に出席することを禁じられました。この会議は欧州、米国、中国、韓国とインドネシアからおよそ20人の教授が参加する予定でした。私たちは安全ですよという意味で会議のプログラムを送ったのですが、役には立たなかったようです。大学側からは「危険ですから、あなたは行くことができません」と彼は言われたそうです。

 なぜ、日本人は他国の人に比べて特別に不安定性を気にするのでしょうか。人があまり知らない遠い場所を恐れることは、自然なことです。私も中央アメリカに旅行する前に安全を確認するまでは同じでした。しかし、長年日本に住んで感じたことは、日本人は他国より特に強い「恐れ」の感覚を持っているようです。そのため日本人は悪い知らせを聞いた場合、すぐに海外旅行をキャンセルするのではないでしょうか。

 日本人が海外に抱く不安理由の一つは、メディアの在り方です。日本の報道は、他国の脅威とそれについての怖い話でいっぱいです。2015年、パリで起こった風刺新聞「シャルリー・エブド」で12人が殺されたテロ事件のとき、私はこの事件を日本の報道を通してテレビで見ていました。

 事件直後、日本のテレビクルーは、成田空港でハワイに休暇へ飛んで行こうとしていた日本人旅行者に「あなたは、この危険なときにハワイへ本当に行くのでしょうか?」とインタビューしていました。別の日本人学生は、この「世界の危険な状況のため」、翌年アメリカの大学に留学する予定をキャンセルすると話していました。

 以前、日本メディアのイスラエル特派員がその理由を私に説明してくれました。

「私も本当はテルアビブでカフェに座って楽しんでいるイスラエルの人々の写真を日本に伝えたいのです。しかし『中東は危ない!』という先入観を持っている日本人は誰も平和な写真には興味を持っていない。本国の担当エディターは私がこのような写真を送っても報道から外すのです」

 私ももし日本で生まれたなら、多分外国に行くことを恐れ、特に悪いニュースばかり流れている国には警戒するでしょう。

 もう一つの理由は、私が思うに責任の所在(責任問題)と関係があります。大学管理側は「危険な」国(たとえばイスラエル)に会議に行きたい教授に対し、まず当地の情報を集めることなしに簡単に「反対」と言います。大学当局は悪いことが起こった場合、自分たちが責任をとるよう責められるのではないかと危惧するからです。日本の外務省も同様に「危険な場所」の警告を発表します。

「安全である」ことより、「危険である」と言うことが組織としては「安全」なのです。ヘブライ語で「NOということは簡単」ということわざがあります。

 数年前、私は学生と萩(山口県)を訪問しました。私が山県有朋についての論文を学生時代に書いて以来、萩は私のお気に入りの場所の一つです。学生たちを前に萩市長は「幕末と明治期に萩から非常に多くの若いサムライが海外に留学した」という事実について話してくれました。

 当時、日本人が国外に留学することはとても難しく、費用もかかりましたが、それでもアメリカや英国に多くの若者が渡航しました。困難にもかかわらず、彼らは国外に留学することが重要であると思ったのでしょう。最近はこの時代に比べれば海外で勉強することはとても容易になりましたが、日本人学生は留学をあまり希望しません。

 私は、日本人が外国を怖がらないようにする良い方法を思いつきません。人がよく知らない場所について不安に思うことは自然なことです。ただ私の経験では、ニュース報道だけに頼らず、直接その国に住む人と情報交換したり、その土地の人と友人になったり、旅行したりすることがより正しく世界について学ぶ、最も良い方法だと思います。

○Nissim Otmazgin(ニシム・オトマズキン)/国立ヘブライ大学教授、同大東アジア学科学科長。トルーマン研究所所長。1996年、東洋言語学院(東京都)にて言語文化学を学ぶ。2000年エルサレム・ヘブライ大にて政治学および東アジア地域学を修了。07年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了、博士号を取得。同年10月、アジア地域の社会文化に関する優秀な論文に送られる第6回井植記念「アジア太平洋研究賞」を受賞。12年エルサレム・ヘブライ大学学長賞を受賞。研究分野は「日本政治と外交関係」「アジアにおける日本の文化外交」など。京都をこよなく愛している。