新型コロナウイルスの拡大が止まらない米国で、感染者数を抑えているニューヨーク市は、検査のほか感染者や濃厚接触者の「追跡」「隔離」を重視する。そこで活躍しているのがトレーサーだ。AERA2020年8月24日号の記事を紹介する。



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「私たちは絶対に、(感染がピークだった)過去には戻れない」

 ビル・デブラシオ・ニューヨーク市長はきっぱりと言う。3月1日に新型コロナ感染者第1号が見つかり、世界最大の感染地となって以降120日以上続く午前10時からの記者会見で日々繰り返す。

「今日も、陽性率が低く推移している。これが実現しているのは、あなたたち市民が頑張っているからだ」(同市長)

 切実な訴えは、ニューヨーク市があるニューヨーク州が現在、全米で感染者数を抑えている数少ない「オアシス」の一つであるためだ。全米では累計感染者数は8月6日現在500万人に迫る。新規感染者は1日5万〜7万人で、多くの州が自宅待機などロックダウンを実施していた今年4月の数倍に上る。米国は明らかに、新型コロナの感染拡大の抑え込みに失敗した「感染大国」となった。

 全米がそうした状況の下、オアシスであるニューヨーク州は、感染者が急増する35州からの旅行者には到着から2週間の自主隔離を要請。まるで「鎖国」状態だが、「検査、追跡、隔離」の徹底も他の州に抜きんでる。

 PCRと抗体検査がセットの検査はアポなし、無料で提供。ニューヨーク市からのスマートフォンへのメッセージは連日、「無料で個人情報は守られます。今すぐ受けましょう」としつこいほど送られてくる。テレビやユーチューブビデオに入ってくる検査を促すCMも異様に多い。この結果、検査数は、曜日によって差があるが、ニューヨーク市で1日5千〜2万件超で推移している。

 さらに大切なのは、「追跡」「隔離」だ。ニューヨーク市は6月、市内の公立病院・診療所をまとめる公益法人「ニューヨーク市ヘルス+ホスピタルズ」の傘下に、新型コロナの検査・追跡・隔離を担当する「テスト&トレース・コー」(検査&追跡団体、TTC)を新設した。

 このTTCが、市内200カ所以上で行われているPCR・抗体検査の結果をデータベース化し、経済活動の再開に必要な数値基準を作り上げる。さらに、「トレーサー」と呼ばれる「追跡・隔離」を徹底させるエキスパートを新たに雇用し、検査で陽性と判定した市民の追跡を始めた。従事者は災害時の緊急支援や医療に関係した人が多く、年収も5万7千〜6万5千ドル(約600万〜686万円)と専門職並みだ。

 筆者が6月末、近所のクリニックで検査を受けた際は、タブレット端末に住所や電話番号、メールアドレスなどを入力した。「陰性」という結果が来たのは、携帯電話のショートメッセージとメールだったが、陽性だった人には追ってトレーサーから電話がかかってくる。携帯電話画面には電話番号ではなく「NYCテスト+トレース」と表示されるため、売り込み電話と思って無視するのを防ぐ。ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事も「NYCテスト+トレース」という表示を携帯電話で見たら、必ず電話に出るように記者会見で何度も強調した。

 いかに多くの検査を行っても、陽性でありながら無症状の市民が家族や同僚と接触していては、大量検査の意味がない。このため、TTCは6月以降、新たに3千人のトレーサーを雇用し、大学などの協力を得て、追跡・隔離のトレーニングを受けさせた。陽性となった人をどれほど隔離し、どれほど濃厚接触者を割り出し、隔離できるかが勝負となる。

 TTCは、陽性とされた感染者の90%に電話で接触できること、そのうち75%の隔離に成功することを目標としている。7月28日までの結果は、感染者の92.5%と電話で話し、75%の隔離に成功したとし、目標を達成している。(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))

※AERA 2020年8月24日号より抜粋