新型コロナウイルス感染拡大する米国で、感染者を抑制しているニューヨーク。「追跡・隔離」を徹底させるエキスパート「トレーサー」の雇用により感染者の92.5%に電話で接触、75%の隔離を成功させた。今課題となっていることは何か。AERA2020年8月24日号の記事を紹介する。

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 ただ、電話で語りかけ、隔離を徹底させることができても、濃厚接触者の連絡先を聞き出すのには苦労が伴う。プライバシーの問題もあり、感染者としては接触した人びとに自分が陽性だったことを知らせるのは躊躇があるだろう。このため、電話で接触できた感染者のうち、最近接触した家族や友人、同僚の連絡先をシェアした人は、隔離に成功した人の71%にとどまる。

 ニューヨーク市が作成したユーチューブビデオからは、トレーサーとなった人びとの具体的な仕事ぶりが分かる。キンバリー・ジョスリンさん(29)ら複数のトレーサーがこう語る。

「データベースから電話した感染者に、どこに行ったのか、誰と接触したのか、記憶をたどる手助けをする質問をします。自宅で家族と接触しないよう自主隔離ができない人には、無料のホテル滞在を世話します。自主隔離中に必要となる無料の遠隔診療、食事の世話などの手配を助けます」

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、ジョスリンさんは、15人のトレーサーを率いるスーパーバイザー。リサーチャーが集めたデータベースからの情報をもとに、トレーサーが連絡を取るべき感染者を割り出す。ジョスリンさんを始め、リサーチャーやトレーサーは自宅勤務だが、トレーサーは必要とされた場合、感染者を訪問することもある。

「トレーサーの感染者への電話は、20分程度です。私たちの役割を説明し、新型コロナについての情報、さらに私たちが感染者に提供できるサービスについても知らせます」
「感染拡大を止めるためにも、辛抱強く、心を込めて接することが重要です」(ジョスリンさん、ニューヨーク・タイムズによる)

 それでは、いつまで無料検査を続けるのか。ニューヨーク市ヘルス+ホスピタルズのカーラ・グリフィス広報副部長は、

「無料検査をいつ終わらせるのかは、予定が立っていない」

 と話した。ニューヨーク州外に一歩出れば、爆発的感染が起きているという現状で、見通しが立たないのは無理もない。

 ニューヨーク州のクオモ知事は、州外から訪れる旅行客に2週間の自主隔離を要請した。これまで旅行客の書類記入などは空港だけだったが、車や電車・バスなどでニューヨーク州入りする旅行客はチェックできないという市民の批判から、8月6日からニューヨーク市内の主要駅、市内に通じるトンネル、橋などに保安官や、6月に市内の公立病院・診療所をまとめる公益法人「ニューヨーク市ヘルス+ホスピタルズ」の傘下に新設した新型コロナの検査・追跡・隔離を担当する「テスト&トレース・コー」(検査&追跡団体、TTC)のトレーサーを派遣し、旅行客にチラシを配ったり、チェックを始めたりした。追跡で自主隔離をしていないことがわかれば、罰金は1万ドル(約106万円)と、まさに「鎖国」状態だ。

 TTCに問題がないわけではない。6月から急速に新たな組織を立ち上げ、3千人ものトレーサーを雇用しただけに、混乱も避けられない。ニューヨーク・タイムズは、リーダー格がおらず、まとまりがないため、雇われたトレーサーが自宅勤務であることも手伝ってストレスを抱えていることも報じた。

 さらに、デブラシオ市長とともに記者会見に頻繁に出席していた医師でもあるオキシリス・バルボー保健局長が8月4日、突然辞任した。同局長は、会見で医学的見解を詳しく述べてデブラシオ政権の信頼を高めただけでなく、マスク着用や社会的距離の確保などをテレビCMに出演して訴え、ニューヨーク市が展開する「新型コロナ戦争」の顔だった。同局長は辞任理由を明らかにしなかったが、「追跡・隔離」のノウハウは従来、保健局に蓄積していたにもかかわらず、市長がTTCを新設したことで、市長との確執が深まっていたと地元メディアは伝えている。

 8月上旬現在、ニューヨーク州の新規の感染者数は他州に比べて極めて少ない。「オアシス」がいつまで続くのか、ニューヨーク市のTTCの効果が試されている。(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))

※AERA 2020年8月24日号