ミャンマーで雇い主が鉱山労働者に麻薬依存症に陥らせる――。そんな悲劇が実際に繰り返されている。コロナ禍のいま、職を失った貧困層が増えて麻薬市場は勢いを増すばかりだ。AERA 2020年8月31日号は、過酷な現実をリポートする。



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 密売組織の勢力拡大はミャンマー国内でも進んでいる。ヘロインとともに広く出回っている「ヤバ」と呼ばれる低純度で安価な覚醒剤の錠剤が今、若者から主婦層にまで幅広く浸透しているという。

 自身も15年以上も薬物依存症に苦しみ、現在は特に感染者が多いカチン州で依存症者の支援をしているジャカシン・タンローさん(45)によると、感染拡大の温床となっているのは同州に数多くある翡翠(ひすい)鉱山だ。

 翡翠鉱山では、キオスクのような商店や軽食屋で、誰でも簡単に薬物を購入できる。値段も安く、ヘロインは1ショットで約80円、ヤバは1錠80〜120円ほどだ。鉱山には、休憩中に屋外でしゃがみこんでヘロインを打つ人や、腕に注射を刺したまま飯をほおばる人など、目を疑うような光景が広がるという。

 州内の街パカンの翡翠鉱山には国内外から約30万人もの労働者が集まる。多くは地方出身の貧困層で、少しでも多くの原石を見つけようと、早朝から深夜まで土を掘り起こし続け、その疲れを癒やすために覚醒剤やヘロインに溺れていく。過剰摂取で亡くなった人の遺体が無造作に転がっていることもある。

 貧しい農村出身のカイン・トゥンさん(29)が初めて薬物に手を出したのは15歳のときだった。彼は当時、蒸発した父に代わって義母と妹を養うため、石油採掘企業で働いていた。家族に少しでも多くの送金をするため連日、小柄な体で重労働に励んだ。家族思いの真面目な彼に、ヘロインとヤバを勧めたのは雇い主だった。

 ヘロインを注射するとうそのように疲れが吹き飛び、すぐに全身が幸福感で満たされた。ヤバを飲めば体中に力がみなぎり、徹夜仕事も難なくこなせた。ところが薬が切れると、とたんに激しい疲労感に襲われて全身が痛んだ。摂取の頻度はすぐに増え、カインさんは雇い主から薬物を購入するようになる。依存するまでに1週間もかからず、日給4千円ほどの稼ぎを、家族への仕送り以外はすべて薬物につぎ込むようになった。

 依存症者の治療施設を運営するダンルン・ジェームズさん(32)によれば、こうした企業は密売業にも手を染めており、作業効率を上げるために労働者に最初は無料で薬物を支給し、依存症になったところで売りつけるのだという。労働者を半永久的に依存症にするこのシステムによって、企業側は事業と薬物の両方から利益を得られるというわけだ。

 カインさんは17年に薬物所持で服役した後、ダンルンさんの治療施設にいる。回復したら何がしたいかと問うと「家族のためにまた働きたい」と答えた。

 だが、コロナ禍で依存症者を取り巻く状況は厳しさを増している。7月、ダンルンさんに連絡をとると、彼の治療施設は経営難に陥っていた。コロナ対策による国境封鎖や外出自粛によって国内経済が打撃を受け、支援者からの寄付や患者からの治療費の支払いが止まり、治療に必要な薬や医療物資の流通も滞っているからだ。

 より悪いことに、コロナで職を失い鉱山や密売組織で働きはじめる貧困層が増えており、カチン州の麻薬市場は以前よりさらに活況を呈しているという。ダンルンさんは言う。

「感染症を恐れていては家族を養えませんから、鉱山労働者は相変わらず薬物を精力剤代わりにして、すし詰め状態で働いています。貧しさのせいで、ここでは薬物やコロナの問題を気にしている余裕などないんです」

(ライター・増保千尋)

※AERA 2020年8月31日号より抜粋