米国がマスク着用派と反マスク派で激しく分断されている。カリフォルニア州オレンジ郡では、ソーシャルディスタンスを確保できない場所でのマスク着用を義務づけたところ、これに保守派が激しく反発。責任者の自宅に押しかける事態にまで発展した。今回のように慣れないマスク着用を強制される事態は、「権力からの自由」を国是とする米国人、中でも特に共和党支持者は特に嫌がるのだと北海道大学の結城雅樹教授(社会心理学)は指摘する。ただ、マスクをめぐる分断の裏には、それに加えてさらに複雑な事情もあるようだ。AERA 2020年8月31日号の記事を紹介する。



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 自由や個人の意思を尊重する文化は、米国だけでなく欧州も同じだ。ドイツ・ミュンヘン育ちで東京在住のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさん(44)もこう話す。

「マスクにしろファッションにしろ、多くのドイツ人は『自分がしたいようにするべきだ』という気持ちを持っています。『マスクを着けなければいけない』という状況は、色んな意味で不自由に感じるのではないでしょうか。元々、目で相手の表情を読み取る日本のような文化は欧米にはなく、コミュニケーションで会話を重視する文化では、口を覆うマスクには抵抗感があるはずです」

 それでも、米国の反マスク運動の規模や広がり、“容認派”との分断の激しさは欧州に比べても別格に見える。だとすると、どんな背景があるのか。

 日本女子大学の馬場聡(あきら)准教授(米国文化・文学)は、前出の結城教授が指摘する「権力からの自由」のほかに、「ダブルバインド・セオリー」と「認知的整合性」という考え方で説明できると考える。

 ダブルバインドとは、ここではマスクについて「効果がある」「効果はない」という、二つの反する考え方の板挟みのことだ。認知的整合性は、何かを判断する際に、自分が持ち合わせている認識をつじつま合わせに利用するもの。最初の段階を馬場准教授はこう説明する。

「ダブルバインド状態になると、比較的高いレベルの教育を受けていない人らが思考停止に陥る傾向があります」

 ここまではどこの国でも同じだろう。そしてこう続ける。

「そこで一部の米国人が判断に用いるのが、彼らが持っている最も大切な美徳である、『タフネス』『たくましさ』『マスキュリニティー(男性性)』です。西部開拓を経て他の近代国家と違う形で発展し、たくましさを美徳としてきたアメリカ人はマスクをしなくても大丈夫だ、感染症で死ぬのは軟弱な先住民だ、という考えに至るわけです」

 こうした「マチズモ(男性優位主義)」の信奉者がトランプ氏であり、トランプ氏の支持者だったため、公衆衛生の問題が政治的な分断につながった、と馬場准教授は指摘する。

 さらに、マスクが持つ負のイメージの原因として、馬場准教授は「反マスク法」と呼ばれる法律の存在を挙げた。

 もともと米国の一部の州には、公共の場で理由なくマスクを着けるのを禁じる法律がある。これは白人至上主義団体のクー・クラックス・クラン(KKK)の活動を制限するためだとされる。こうした歴史も影響してか、マスクは病院や工事現場などで使われる以外は、好ましくないものの象徴のようになった可能性がある、という。

「その後の表象文化を見てみると分かりやすいです。たとえば西部劇に出てくる列車強盗はみんなバンダナをマスクのように巻いています。マスクで口元を隠すのは悪いやつ、というイメージがあるから多くの人たちが嫌がるのかもしれません」(馬場准教授)

 実は、反マスク運動は100年前のスペイン風邪の流行時もサンフランシスコやロサンゼルスなどで盛んに行われた。世紀を超えてまた同じ闘争を繰り返しているのだが、11月の大統領選に向けてさらに対立が激しくなるおそれもある。

 公衆衛生の問題をめぐり、政治的な志向で分断を作るのは不健全だ。しかし翻ってみると、日本のPCR検査議論もそうなりかけていないだろうか。避けなければいけないのは、「向こう側が示すファクトさえ受け入れがたい」という状況だ。(編集部・小田健司)

※AERA 2020年8月31日号より抜粋