「一帯一路」勢力圏を強化する中国、国防戦略の書き換えが必要になるアメリカ──内田樹さんと岩田健太郎さんが語り合った、コロナ・パンデミックによる世界のしくみの変化とは? 『コロナと生きる』(朝日新書)より、再構成して紹介する。

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■パンデミックで加速する中国の広域経済圏構想

岩田:アメリカの感染拡大が収まらない一方で、中国が今、「スーパーパワーの肩代わりをしよう」というノリになってますよね。ここぞとばかりに「海外に支援するぞ」とか言って。

 確かに、中国がいまや一番元気といえば元気で、ヨーロッパも感染が全然抑えられてないし、ロシアもかなり感染が拡大しています。ですから、世界全体を見渡すぐらいの余裕があるのは中国ぐらいかもしれません。内田先生は、これからの世界の仕組みはどのくらい変わると考えていますか。

内田:おっしゃるとおり、鍵になるプレイヤーは中国だと思います。アメリカが身動きできない状態で、中国に相対的に外交上のフリーハンドが与えられた。この見通しはだいたいどなたも異議はないと思います。

 アメリカがいわば鎖国状態ですから、当然中国は「これまでアメリカが介入してきてできなかったこと」を次々と本格化するでしょう。先月の香港に国家安全維持法を導入した件もそうだし、東シナ海、南シナ海での国境侵犯も増している。

 でも、僕たちはつい自分たちに関係のある東アジアのことばかり気にしますけれど、注目すべきは「一帯一路」勢力圏です。陸路をまっすぐ西へ向かうシルクロード経済ベルトと、海路を南下して、マラッカ海峡からインド洋、紅海を経由して東アフリカへ向かう21世紀海洋シルクロード、この「中華帝国」の版図を西と南に広げる広域経済圏構想がコロナ・パンデミックで加速する可能性があると僕は見ています。

 シルクロード・ベルトは、新疆ウイグル地域から、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンからトルコに至るスンニ派トルコ系民族の土地です。中国はここに巨大な物流のハイウェイを通すつもりでいますが、そのためには周辺国との友好関係が不可欠です。これらの国々でのコロナの感染状況については十分な情報がありませんけれど、公衆衛生がそれほどよくないので、感染が広がると医療崩壊が起きるリスクがある。

 ですから、中国はこれらの国々には経済支援と医療支援を並行して行うだろうと僕は予測しています。とりわけ医療支援は全国民に関係のあることですから、親中感情の醸成にはきわめて効果的です。アメリカが身動きとれないときに、「今がチャンス」と友好国づくりを進めてゆくわけです。

 アメリカがきついのは、「鎖国」が軍事行動にまで及んでいることです。アメリカ海軍の原子力空母「セオドア・ルーズベルト」が新型コロナに集団感染して、6月に作戦行動を中止して帰港したという事件がありました。

岩田:空母のような環境は、感染症とかなり相性が悪いんですよね。

内田:軍艦というのは、狭い空間に斉一的な生活様式を共有する大量の兵士を詰め込むわけですから、最も感染リスクが高い環境です。となると、今後、空母や戦艦の運用にかなり規制がかかることになる。「いつ使い物にならなくなるか、わからない」という条件で海軍の作戦行動を考えなければいけなくなる。となると、これまでのような通常兵器による戦争は難しくなるということです。

岩田:原子力潜水艦も感染症に弱いです。原潜は感染対策には一番難しい場所で、あそこでアウトブレイクが起きたら為すすべもありません。

内田:ああ、そうですね。原潜のリスクはクルーズ船どころじゃないですね。そうなると、空母も使えない、原子力潜水艦も使えない。アメリカは国防戦略を一から書き換えなければいけなくなります。 

 21世紀に入ってからも、SARS以後、数年に一度、新しいタイプの感染症が流行しています。それほどの被害をもたらさずに収束する場合と、今回のように非常に大きな影響を与える場合がある。どの程度の毒性の強いウイルスが、どういう間隔で、どこで発生するか、予測できないわけです。おそらくパンデミックは、少なくとも10年おきぐらいに今後も繰り返し来る。人獣共通感染症は、人間たちが経済成長を求めて環境破壊をし続ける限り、止まらない。

 軍事について言うと、コロナ以前からすでにアメリカはAI軍拡競争では中国におくれを取っています。米軍の戦闘管理ネットワークを標的とする電子的攻撃、サイバー攻撃で、すでに中国はアメリカに一歩先んじているというのは、米側の共通の認識です。2017年の段階で、ランド研究所の報告は「米軍は次に戦闘を求められる戦争で敗北する」と結論づけていますし、統合参謀本部議長自身も米軍がこのままの装備や軍略に固執していれば、遠からず中国に対する競争優位を失うと警告しています。

 そこに、コロナが来た。もともと戦闘管理ネットワークへの攪乱攻撃を効果的に防げないのではないかという不安があるところに加えて、通常兵器による制海権・制空権の確保さえ危なくなってきたわけです。だから、アメリカは実は国防戦略の根本的な書き換えを今求められているわけです。おそらく国防省のスタッフたちは今夜も寝ないで新しい国防計画を起案しているんじゃないでしょうか。

 日本のメディアはアメリカの経済のことは記事にしますけれど、アメリカの軍事には触れない。報道しないし、分析もしない。きっとその領域は日本のメディアにとっては「アンタッチャブル」なんでしょう。それがわからないと世界がこれからどうなるか予測できないのに。

岩田:今回のコロナは、アメリカの国内問題も曝け出していますよね。

■内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』、『日本辺境論』、『日本習合論』、街場シリーズなど多数。

■岩田健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科教授。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』『感染症は実在しない』など多数。