政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。


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 第2次世界大戦の原因の一つは、大恐慌以降、自由主義的な通商・貿易秩序が崩れ、経済のブロック化が進んだことでした。保護主義的な自国ファーストの経済の囲い込みが、結局は破局的な戦争を誘引する一因になったわけです。収束の気配がなかなか見通せない新型コロナ感染症のパンデミックで、各国が戦時に似たような自国ファーストに走りかねない状況です。実際、戦後の自由主義的な経済秩序の枠組みであるWTO(世界貿易機関)は機能不全に陥りつつあり、特に米国の保護主義的な動きは世界経済のブロック化の再現になりかねない危険を孕んでいます。

 そうした中、ASEAN(東南アジア諸国連合)を結節点に安全保障や外交の面で溝が際立つ日中韓3カ国、さらに豪州とニュージーランドの計15カ国が参加する自由貿易協定、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が協定署名に漕ぎ着けました。世界人口の3割、GDP(国内総生産)でも3割を占める巨大経済圏は、保護主義的なブロック化に抗う拠点のひとつとして注目されます。また、ASEANを介して日中韓3カ国が結びつくASEANプラス3もこれまで以上に注目されています。そして日中韓3カ国首脳会談が来月、ソウルで開催されるのかどうか、日韓二国間の懸案の推移も絡んで注目されるところです。いずれにせよ、東アジアをめぐる重層的な経済圏をめぐる動きは、米中間の対立構造と関連して今後、決定的な影響を与えることになるでしょう。

 こうした点で注目されるのがバイデン米大統領の登場です。政権の引き継ぎなどでバイデン色を出すまでには半年前後を要すると予想されますが、バイデン新政権がRCEPやASEANプラス3、日中韓3カ国首脳会議にどんな戦略で臨むのか、また日本の思惑通りTPP(環太平洋経済連携協定)に復帰するのか否か、さらに中国との対峙を睨んで日韓関係に積極的に介入し、その修復を図るのか、様々なシナリオが考えられます。トランプ後がまだはっきりとしない中、コロナ時代を見越したいくつかの経済圏の形成や多国間交渉の枠組みが形を現しつつあることに注目したいと思います。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

※AERA 2020年11月30日号