徴用工問題などでこじれる日韓関係は2021年はどうなるか。米新政権のスタートや東京五輪も予定されるが、明るい見通しは依然見えてこない。 AERA 2021年1月11日号で掲載された記事を紹介。



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 長らく超低空飛行が続く日韓関係だが、2021年に局面転換の機会が訪れるかもしれない。良くなるとは限らない。上昇するかもしれないが、墜落もありうる。どちらになるか、韓国の文在寅(ムンジェイン)政権の政治的選択にかかっている。

 局面転換の機会は、元徴用工らへの損害賠償を命じられた日本企業の韓国資産が現金化される時期にやってくる。韓国司法は現在、日韓協議の行方を見守っているのか、現金化命令を出していない。原告団の一部は一刻も早い現金化を求めている。日本政府関係者は「21年春には現金化命令を出さざるをえなくなるのではないか」と予想している。

■文氏の政治判断あるか

 もし、現金化命令が下されればどうなるか。日本外務省の滝崎成樹アジア大洋州局長(当時)は20年10月29日の日韓協議で「現金化の流れを止めなければ、日韓関係は破滅だ」と伝えた。日本側はさまざまな報復措置を検討しており、日韓で報復合戦が始まるのは必至だ。そうなれば、文政権の任期である22年5月まで、日韓関係はほぼ断絶した状態に陥るだろう。

 他方、文政権がギリギリの局面で、現金化命令を事実上無効化する措置に踏み出す可能性もある。文政権は従来、「三権分立」を理由に司法判決に介入できないという姿勢を貫いてきた。ただ、韓国政府がこれから起きる訴訟も含め、原告に補償する制度をつくれば、訴訟利益は失われる。日本の輸出管理措置の解除と事実上バーターにすれば、文政権としても「自らの政治理念を犠牲にして、韓国企業を守った」という見えを切ることはできる。現金化の日が迫れば迫るほど、日韓関係の混乱を憂慮する声は高まるため、ギリギリの局面という舞台が整えば、こうした政治決断を下しやすくなる。

 実際、文政権は日韓外務局長協議に進展がないことに危機感を募らせ、20年夏ごろから朴哲民(パクチョルミン)大統領府外交政策秘書官(当時)をたびたび、日本に派遣して秘密協議にあたらせてきた。

 菅政権発足以降では、確認されただけでも、朴秘書官が10月11日と11月19日に訪日して滝崎局長らと極秘で会談、10月28日には訪韓した滝崎局長とソウルで面会している。一連の接触を経て、日韓は妥協点を見いだしたわけではないが、外務局長級協議よりは、いくらか突っ込んだ意見交換ができているという。文政権のこうした取り組みも「日韓関係を破壊した政権」として後世に名を残したくない考えあってのことだろう。

■五輪外交なら歩み寄る

 では、文政権は決断を下すのか、下さないのか。それは北朝鮮と韓国国民の判断にかかっている。

 まず、北朝鮮だ。21年も文政権の最重要政策課題は南北関係だ。「任期内にもう一度、南北首脳会談を実現しよう」が文政権の合言葉だ。韓国が20年秋から日本政府への対話攻勢を強めた背景には、21年の東京夏季五輪・パラリンピックを契機に南北対話を実現して、首脳会談への足がかりにしたいという思惑がある。五輪外交の可能性が高まれば、韓国は主催国である日本との関係をおろそかにはできなくなる。

 20年末の時点で、北朝鮮は日韓両国に冷淡な態度を示している。朝鮮中央通信などの北朝鮮メディアは最近、防衛政策や歴史認識問題などを取り上げ、週1回ほどのペースで日本批判を繰り広げている。韓国に対しても、20年6月に南北共同連絡事務所を爆破して以降、9月に起きた韓国公務員殺害事件を巡る遺憾表明以外は、ずっと韓国を無視し続けている。

 米朝関係筋は「北朝鮮はトランプ政権の継続を望んでいたし、そうなると思っていた。バイデン次期政権の出方がわからないので、対米政策を決められない。必然的に日韓への対応も決まらないのではないか」と語る。

 バイデン次期米大統領は北朝鮮を「Thug(悪党)」と呼んだ。一方、次期国務長官に指名されたブリンケン元国務副長官は北朝鮮との間で核軍縮交渉を行う考えも示唆している。北朝鮮としては、バイデン氏は不愉快な存在だが、事実上の核保有国への道が開かれるのなら、喜んで米国と交渉に応じるだろう。そうなれば、制裁の緩和にも道が開ける。北朝鮮としても、日本や韓国と交渉する意欲が湧いてこようというものだ。

 北朝鮮が東京五輪を外交戦の舞台に選ぶのなら、文在寅政権もこれに対応するため、日本との関係改善を目指すことになるだろう。11月に相次いで来日した朴智元(パクチウォン)韓国国家情報院長や金振杓(キムジンピョ)「韓日議員連盟会長らは異口同音に、東京五輪を外交に活用するよう菅義偉首相に求めている。

■韓国でイセマンが流行

 そして、もう一つの判断材料が、韓国世論の行方だ。

 韓国の世論調査会社、リアルメーターが12月21日に発表した文大統領の支持率は39.5%。前週よりもやや改善したが、政権と検察との対立激化によって支持率は下降気味だ。17年の大統領選での文氏の得票率41.08%を割り込んでおり、「コンクリート支持層が徐々に削られている」(韓国政界関係筋)状況という。

「イセマン(イボン・セン・マンヘッタ=人生終わった)」。韓国の若者たちを中心に、最近はやっている言葉だ。雇用創出が、文在寅政権の内政最大のキャッチフレーズだったが、新型コロナウイルスの感染拡大もあって、若者の就職難は解決していない。

 不動産価格も高騰している。韓国不動産院が12月18日に発表した資料によれば、文政権発足後の3年5カ月間で、ソウルのアパート(マンション)取引価格が約63%上昇したという。持ち家も買えず、教育費の高騰から子どもも望めず、独身のまま希望もなく年を重ねる人も増えているという。リアルメーターの調査でも、20代の文大統領支持率は平均を下回る37.8%だった。韓国でも新型コロナの感染拡大で政府への不信感が広がりつつある。

 そして、文政権の支持者は元々、歴史認識問題の影響から日本に厳しい姿勢を望む傾向がある。徴用工問題で政治決断をすれば、支持率の低下を招くことは間違いない。21年春には、次期大統領選の行方を占うソウルと釜山の両市長選も控えている。政治決断の時までに支持率の「貯金」が残っているかどうか微妙な情勢だ。

 バイデン次期大統領はトランプ政権が日韓関係の悪化を放置したと批判しており、政権発足後に日韓に歩み寄りを求めるだろう。だが、文政権が自分たちの政治生命を犠牲にしてまで、米国の頼みを聞くとも思えない。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

※AERA 2021年1月11日号より抜粋