哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 習近平主席の強権的な政治はこれからも続くのだろうか。中国共産党の党内事情も政策決定プロセスも私は知らないが、統治者が過剰に強権的にふるまうのは政権基盤が不安定な時だということは歴史から学んだ。

 中国の国民監視システムは世界一である。それだけ政府が国民を信用していないということである。久しく中国の治安維持予算は国防予算を超えている。それは国内の反政府勢力のもたらすリスクの方が国外からの侵略のリスクよりも高いと政府が判断しているということを意味している。

 日本政府も国民監視をしているが、日本学術会議の新会員任命拒否問題で露呈したように官邸は反政府的な言論人のリスト化を手作業でやっているらしい。こんな話を聴いたら、中国政府の国民監視担当者は「あんたらは気楽でいいよ」と腹を抱えて笑うだろう。

 中国政府が政権の先行きに強い不安を抱いている最大の理由は人口動態である。米国勢調査局の予測では、中国は2027年に人口増がピークアウトし、それから急激に超少子化・超高齢化局面に入る。2040年に65歳以上の高齢者は3億2500万人を超え、現在37.4歳の中央年齢は48歳に達する。

 1979年から2015年まで「一人っ子政策」が採られていた間、多くの夫婦が跡取りとなる男児を求めたので、この世代は男性人口が過剰になっている。彼らは配偶者を得ることができず、未婚のまま老齢に近づいている。親も妻も子も兄弟姉妹もいない数千万の高齢者(その多くは低学歴、低技能である)の老後を支援する仕組みを今の中国社会は持っていない。中国人は伝統的に経済リスクを回避するために国家や自治体よりも身近な親族ネットワークに依存してきた。そのネットワークを持たない人たちが大量発生するのだ。

 高齢化と人口減は間違いなくこれからの中国社会の土台を揺るがすことになるだろう。香港や新疆ウイグルや台湾に対する習近平政権の強硬姿勢はいずれ人口動態がもたらす政府のハードパワーの低下に先んじて、すべてのリスク要因を「芽のうちに」摘んでおくための気の重いタスクなのだろうと思う。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

※AERA 2021年1月25日号