政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。



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 ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問がミャンマー軍に拘束され、軍は政権を掌握したと発表しました。このクーデターは、一見しただけでは東南アジアのローカルな問題とも思えます。しかし、事態は深刻で周辺国のタイの動向も含め、米国と中国との関係、さらに日本がどういう選択をするのかという非常に難しい問題を突き付けているのです。

 まず、周辺国への影響という点で言うと、タイの今後の情勢が気になります。タイはミャンマーの主要な貿易国で、今回のミャンマー軍のクーデターへの国際的な制裁が腰砕けに終われば、タイでも王室改革をめぐる混乱を収束する名分で軍が登場するインセンティブを与えかねません。さらにやっと船出したばかりのバイデン政権の対応が注目されます。国連安全保障理事会は中国の消極的な対応のため結束して制裁措置をとることができていませんが、バイデン政権としては、西側諸国に働きかけて軍への制裁の先頭に立とうとする可能性が大です。

 ただし、ミャンマーは体制・反体制を問わず、中国との関係が深くなっていますから、もし今回も西側が経済制裁を加えたとしても中国がミャンマーを支える可能性は大きく、中国にとってその一帯一路の地政学的な優位の確保という点からもミャンマーは重要なはずです。つまりミャンマーの問題は、米中の暗闘の前哨戦になる可能性があるのです。そして何より、バイデン政権がどう対応をするかは、今後の米中関係だけに限らず、対北朝鮮の関係でも問われてくるはずです。さらに少数民族のロヒンギャの問題も絡み、ムスリムが多数を占めるバングラデシュとミャンマーの関係も気になるところです。

 日本とミャンマーは、スーチー氏の父親のアウンサン将軍の時代から大変濃密な関係にありました。東南アジアにおいて日本の最も有力な投資先の一つであり、経済開発が行われています。米国に追随して制裁に同調するのか、それとも天安門事件のときの対中政策のように西側諸国と少し距離を置いて融和政策に舵を切るのか。今回のミャンマーのクーデターでは、菅政権も難しい選択を迫られることになります。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

※AERA 2021年2月15日号