バイデン政権で新設された「インド太平洋地域総合調整官」にキャンベル氏が指名された。AERA 2021年2月15日号では、対中国軍事政策の変化と、日本への影響を読み解いた。



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 バイデン政権は、米国民の間の分断と、新型コロナの大流行を共に収束させることを最重要政策に掲げている。そのバイデン政権の対中国政策は、これまでどおり強硬姿勢をとることになるだろう。ただし、それは通商分野や人権問題であり、軍事面においての基本方針は大きく転換されると考えられる。

 トランプ政権は、米中軍事衝突にまでは発展させないレベルで中国との対決に打ち勝ち、米国の軍事的な優勢を維持する「封じ込め政策」を推し進めようと考えていた。強大化した中国海洋戦力への対抗に「アメリカの鉄で、アメリカの技術により、アメリカ人の手で、大艦隊を復活させる」と、米海軍の戦力を増強させる政策を始めた。

■オバマの政策に回帰

 対してバイデン政権は、中国との軍事的対決を回避しつつも、中国の過度な軍事的優勢を制御していく「取り込み政策」に転じるとみられる。この方針転換は、バイデン大統領が国家安全保障会議内に新設した対中国軍事政策の要を握る「インド太平洋地域総合調整官」にカート・キャンベル氏を任命したことからも確実だ。

 キャンベル氏はかつてオバマ政権で中国に対して融和的な「アジア基軸政策」を推し進めた人物で、バイデン政権発足直前に公開された論説で「取り込み政策」が対中軍事政策の基本方針となるべきだという趣旨のことを述べている。また、トランプ政権が打ち出した大海軍建設方針には賛同せず、小型艦艇や無人艦艇など比較的安価な戦力を中心とした海軍戦力を構築するべきだと主張している。

 昨年秋には、米海軍力が中国海軍力に追いつかれつつあることを米国防総省自身がすでに認めている。したがって、大海軍建設が中止されると、それほど時間を置かずに、米海軍力が中国海軍力に追い抜かれてしまうことは容易に想像できる。

 対中強硬派の米海軍関係者たちの間では、キャンベル氏が対中戦略の指揮を執ることになり、「北京では祝杯をあげて老酒(ラオチュウ)が売り切れてしまったに違いない」と冗談が飛び交っている。

「取り込み政策」への回帰で大きな影響を受けるのは、南シナ海情勢と東シナ海情勢だ。

 トランプ政権下でも中国による南シナ海での支配権の拡張政策は大幅に萎縮(いしゅく)することはなかったものの、オバマ政権の時のような勢いは僅(わず)かながらも失われていた。バイデン政権による対中「取り込み政策」が始まると、オバマ政権期のような勢いで中国による南シナ海の軍事的支配が飛躍的に強化されることは自明の理だ。

■国際社会の連携で抑制

 バイデン政権は同盟国をはじめとする国際社会の牽制(けんせい)網によって、中国による軍事的支配を抑制する方針を打ち出すと見られる。これは「取り込み政策」そのもので、中国が南シナ海の軍事的優勢を手中に収めるのはほぼ約束されたようなものだ。

 実際、バイデン政権発足に先立ち、中国はすでに東南アジア諸国にワクチン外交を展開。米国の同盟国であるフィリピンの取り込み工作も進展し、南シナ海での覇権掌握の準備は着々と進んでいる状況だ。

 尖閣諸島の領有権をめぐる日中対立でも、中国は、米新政権発足と共に海警局に武器使用の権限まで与えており、中国に有利に働くことになる。バイデン政権が提供できる対日支援策は「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内である」として日本政府を安心させることだけで、それ以上の軍事的支援は何もできないのが現実だからだ。(軍事社会学者・北村淳(米国在住))

※AERA 2021年2月15日号