蘋果日報(リンゴ日報)の創業者・黎智英(ジミー・ライ)氏の実刑判決の衝撃は大きかった。弾圧のだめ押しとも言える事態に、香港の若者たちは何を感じているのか。AERA 2021年5月3日−5月10日合併号で取材した。



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「政府が言う『無許可デモ』に参加した香港人は逮捕を免れるために逃亡しているか、すでに捕まって投獄されているか。そして、私のように息を潜めて暮らしているかです」

 2019年の大規模デモにたびたび参加したという20代の会社員女性はこう語る。

 彼女は平和的なデモや集会に参加するだけの「和理非派」で、武装警官と直接ぶつかり合う「勇武派」ではなかった。それでも、自分も捕まるのではないかという恐怖がある。スマホを使っての友人とのやりとりは、かつてのように香港政府や中国共産党への批判は絶対に書き込まないようにしているという。

「自由にものが言えたあの日々が夢のようです。デモの日はいつも、銅鑼湾(コーズウェイベイ)の『そごう』前で友人らと合流してからプラカードを手に歩き始めました。なので、あそこに行くと涙が止まらない」

 あの日、銅鑼湾、湾仔(ワンチャイ)、金鐘(アドミラルティ)という香港随一の目抜き通りを埋め尽くした100万人、200万人もの熱気は、すっかり失われた。1年半前、香港中文大学や理工大学で繰り広げられた壮絶な武装闘争も「伝説」と化しつつある。

■長い闘いになると覚悟

 そんななか、「蘋果(ひんか)日報(リンゴ日報)」は怯むことなく香港政府への批判を続け、同紙の創業者である黎智英氏も連日のようにツイッターで中国の習近平・国家主席や中国共産党をなじっていた。その黎氏が4月16日に実刑判決を受けたわけだが、彼のような著名人だけでなく、無許可デモに参加したなどとして、これまでに若者を中心に1万人強の香港市民が逮捕。この原稿を書いている4月20日も60人以上が逮捕された。

 先の女性は、香港社会に厭世観が広がっているという。

「みんな落胆したり諦めたりしています。いくら中国政府への反抗意識が高くても、ここで生きていかなければならない。仕事や住む場所が必要なんです。でも、現実は厳しい。コロナ禍で収入が減ったり、仕事を失ったりした人はとても多い」

 多くの香港市民は中国政府に反発し、「自由と民主」を希求している。それをデモや集会など具体的な行動で示すと、必ず逮捕・投獄されてしまう。だから、香港の中ではおとなしくしているのだ。

 たとえ今は沈んでいても、デモがもたらした若者たちへの影響は変えられない。

 10代の女子学生は言う。

「あの200万人デモを経験して、香港人は変わったと感じたし、私自身も変わりました。個人主義的な人が多かったのに、仲間や隣人のことを思いやるようになった。運動を通して自分が経験したことのすべてを記録し、いつか発表したいと思っています。私は諦めていません」

 だが、そんな彼女の意志すら、当局は踏みつぶそうとしている。中国政府は勇武派で活動していた学生らへの「若者狩り」を続けると同時に、高校・大学など教育現場への統制を強めている。

 30代の自営業男性は、長い闘いになることを覚悟している。

「この先、数年の間に香港の民主化をなすのは無理だとみんな理解しています。これほどまでに、市民的・政治的自由が奪われた状況では、習近平をトップとする中国共産党が弱体化しない限り民主化は不可能。その可能性を得るのは10年以上先になるでしょう。なので、友人らはみんな海外に出ようとしています。それでも私は香港に残ります。中国政府に反抗する意思のある人間が香港にいるということ、それが闘いになるのです」

(ジャーナリスト・今井一)

※AERA 2021年5月3日号−5月10日合併号より抜粋