北朝鮮が沈黙している。トランプ政権時代は米朝首脳会談に意欲的に見えたが、バイデン新政権にはどう対応するのか。AERA 2021年7月5日号の記事を紹介する。



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 日本と米国、韓国の北朝鮮担当の実務者協議が21日、ソウルで行われた。対面での協議は米バイデン政権発足後初めて。

 外務省の船越健裕アジア大洋州局長、米国務省のソン・キム北朝鮮政策特別代表、韓国外交省の魯圭悳(ノギュドク)・朝鮮半島平和交渉本部長が出席した。キム氏は協議の冒頭、「北朝鮮が我々の前提条件なしで、いつでもどこでも会おうという提案に積極的に応じることを望む」と語った。

 だが、北朝鮮の反応は芳しくない。バイデン政権は「実用的で段階的なアプローチ」をまとめ、5月初めには北朝鮮側に概要を伝えたが、北朝鮮は1カ月以上、公式の反応を示さなかった。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記は17日、党中央委員会総会で対米戦略に言及したが、「対話にも対決にも全て準備しなければならず、特に対決にはさらに抜かりなく準備しなければならない」というものだった。

■政治的ディールを期待

 米ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は20日、米ABCテレビに対して「興味深いシグナルだ」と語ったが、何のことはない。正恩氏の言葉を言い換えれば、「対話か対決か、どちらにするか決めていない」というものだった。もっと言えば、「バイデン政権と向かい合う考えはない」と言っているに等しい。

 案の定、正恩氏の実妹、金与正(キムヨジョン)氏は22日、サリバン氏の発言について「間違った期待は(米国を)さらに大きな失望に陥れることになる」といなす談話を発表した。

 米政府で長年、北朝鮮問題を担当した元当局者は「3カ国の努力は評価するが、北朝鮮は対話のテーブルにつかない。現状では動機が足りないからだ」と語る。

 北朝鮮が米国と協議したい理由はただひとつ、エリート層の特権の維持だ。国連の北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)は2014年、北朝鮮の「人道に対する罪の首謀者」を国際刑事裁判所などで追及するよう勧告した。下手に開国したら、自分たちの地位が危うくなることは十分理解している。

 北朝鮮が一番期待しているのは、政治的なディールだ。自分たちの身を守るためには核とミサイルは手放せない。適当な核軍縮で手を打ち、自分たちの存在を認めてくれる相手であれば、喜んで交渉に応じる。トランプ前米大統領がそうだった。

 18年4月、板門店で文在寅(ムンジェイン)韓国大統領と2人きりで会談した際、正恩氏は「1年以内に核放棄をすることも可能だ」と語った。だが、実務協議に出てきた当時の金英哲(キムヨンチョル)党統一戦線部長や崔善姫(チェソンヒ)外務次官らは、非核化に極めて慎重な姿勢を崩さず、時には米朝協議を壊すような暴言も吐いた。関係者の一人は「2人は北朝鮮エリート層の考えを代弁していた。彼らは協議の進展を望んでいなかった」と語る。

 正恩氏は祖父の金日成(キムイルソン)主席のような絶対的な独裁者ではない。人脈も経験も不足しているため、エリート層抜きには采配を振るえない。エリート層も権力の座に居座るためには、祖国を解放した英雄である金日成氏と血縁関係にある正恩氏が必要だ。正恩氏とエリート層は共生関係にある。

 もちろん、エリート層は他の幹部から讒言(ざんげん)されることを恐れて、決して正恩氏を批判したり逆らったりはしない。ひたすら、「正恩氏のため」という理由をつけ、自分たちの利益を生む方向に誘導する。

■現状維持で構わない

 この結果、正恩氏は「1年以内の核放棄」という自分の考えを修正した。おそらく側近たちは「正恩氏の手腕をもってすれば、一部の核放棄でも、トランプを説得できる」と進言し、正恩氏も自分の力を過信して受け入れたのだろう。結局、米朝協議は決裂し、北朝鮮は手ひどい傷を負った。

 そして、バイデン大統領は、トランプ前大統領と真逆の方針を立て、政治的なディールを排除。対中国政策が喫緊の課題で、北朝鮮問題は現状維持で構わないという思惑もあったようだ。

 米政府元当局者は「本気で北朝鮮を動かそうとするなら、気候変動問題を担当するジョン・ケリー大統領特使のような大物政治家を起用すべきだった」と語る。ソン・キム氏はジョージ・W・ブッシュ政権当時から北朝鮮問題で活躍したキャリア外交官だが、政治的に妥協する権限は与えられていない。北朝鮮がバイデン政権に魅力を感じない理由がここにある。(朝日新聞記者・牧野愛博)

※AERA 2021年7月5日号より抜粋