米中間選挙は政権への信任投票の意味合いが強かったが、今回は様相が違う。社会の分断をあおってきたトランプ前大統領が再び存在感を示している。AERA 2022年5月23日号は、揺れる米国の現状を報告する。

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「J・D・バンスとはいったい何者?」

 11月8日の米中間選挙投開票日までまだ半年もある5月3日、米中西部オハイオ州のある候補者が全米ニュースとなった。

 その候補者は、若いベンチャーキャピタリストのJ・D・バンス氏(37)。共和党内で同州の上院議員候補を1人に絞る予備選挙が3日に投開票され、新人ながら勝利した。有力対立候補はよく知られた州会計検査官で反トランプ派。バンス氏はトランプ氏の推薦を受けていた。トランプ氏のスポークスパーソンは、声明でこう宣言した。

「トランプ氏の影響があったことは否定できない。『アメリカを再び偉大な国にする(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン=MAGA)』運動は、この先何年も勝利し続けるだろう」

 バンス氏は、ベストセラーの半生記『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)を2016年に出版。人の良さそうな作家というイメージが定着していた。

 中西部「ラスト・ベルト(さびついた工業地帯)」の白人貧困層の家庭に育ち、母親はヘロインや麻薬性鎮痛薬(オピオイド)中毒で、家庭内暴力が絶えなかった。だが、バンス氏は祖母の助言で海兵隊からオハイオ州立大学、さらに名門エール大学ロースクールに進み、世界の億万長者や政治家と交わるトップの高所得者にのし上がった。

 上院議員に立候補する前は、かなり激しいトランプ批判論者だった。ところが、一転してトランプ派となり、過去の批判ツイートなども削除した。トランプ氏もよく出演する保守系テレビのニュース番組に頻繁に登場。「フェイクニュースのメディア」「(大統領の)バイデンは国境を開放し、犯罪人を入国させている」と、トランプ氏と同じ発言を繰り返し、今回の勝利をものにした。

「トランプの力は、やはり本物だったのか」

 と米メディアが浮足立ったゆえんだ。

■連邦議会議事堂の襲撃者共和党の下院議員候補に

 各州に先駆けて行われたオハイオ州の予備選挙は、トランプ派を活気づけている陰謀論信奉の極右派「Qアノン」候補者の勝利も導きだした。同州の下院議員候補で泡沫と思われていた空軍退役軍人、J・R・マジュースキー氏(42)だ。

 20年の大統領選挙では、1800平方メートルの庭に大量のペンキを使って「トランプ2020」の旗を描いた。今回の選挙戦のテレビCMでは、対人殺傷銃を担いでカチッと鳴らし、「アメリカを再び支配的な国にする」というメッセージを繰り返した。昨年1月6日、Qアノン派を多数含むトランプ支持者が首都ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃した際も、参加していた。11月の本選挙では彼の選挙区で民主党の穏健派候補と一騎打ちとなり、当選する可能性もある。

 中間選挙は4年ごとの大統領選の真ん中の年に行われ、今回は米上院100議席のうち34議席と下院435の全議席が改選となるほか、50州中36州で州知事が改選となる。予備選挙は9月まで断続的に続く。

 現在、上院の議席数は民主党50対共和党50、下院では221対209と僅差で民主党が多数派を確保している。しかし、中間選挙は過去、野党が多数派を獲得したケースが多く、ホワイトハウスは与党、議会は野党の支配という「ねじれ」が生じる。このため、大統領は政策や法案を議会で成立させることができず、実質的に無力な「レームダック(死に体)」となる。今回、バイデン政権は発足2年足らずで死に体になるのかどうかという危機に直面している訳だ。

 政治ニュースサイト「ポリティコ」の中間選挙予測によると、上院において民主党の議席獲得見込みは11、共和党が18、激戦で予測が難しい議席が5。下院では民主党175、共和党197、激戦23で、まだ予測していない議席が40ある。上下院いずれも民主党にかなり厳しい見通しだ。

 過去の中間選挙と今回が最も異なるのは、過去の人であるはずのトランプ氏が推薦する候補者が全米に150人もいることだ。この候補者たちの当落次第で、24年大統領選挙にトランプ氏が再立候補する可能性も取りざたされる。国際政治学者でコンサルタント会社ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏は、こう指摘する。

「トランプは立候補する。今のところ、共和党内で強力な対立候補がいない」

 トランプ氏にとって今回の中間選挙は、推薦する150人を当選させ、他の大統領候補者に勝るキングメーカーになれるかどうかの勝負でもある。

 一方で、トランプ氏の影響力はそれほどでもないという見方もある。トランプ政権の大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を務めたジョン・ボルトン氏は著書『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』(朝日新聞出版)で、「トランプ劇場」を厳しく批判した。保守派の彼はその後、共和党をトランプ政権前の状態に戻すため、調査や発言を続けている。

 ジョン・ボルトン・スーパーPAC(政治活動特別委員会)が今年1月に発表した世論調査によると、トランプ氏の影響力が共和党内で低下していることが分かった。中間選挙で投票するという共和党員で「トランプ派」と自認する有権者の割合は14.6%と、昨年9月発表の29.4%から大幅に落ち込んだ。トランプ氏が推薦する候補者に投票するという人の割合も、同様に28.8%から12.6%に低下している。

 20年大統領選挙に勝利したのは、バイデン氏ではなくトランプ氏だというQアノンの陰謀論支持者たちも、実は多数派ではない。共和党有権者の67%が「バイデン氏は法で認められた大統領」だと回答している。

 ボルトン氏は記者の取材に対し、こう指摘した。

「トランプ氏の影響力は、暴落している。24年大統領選挙には立候補しないだろう。なぜなら彼がもっとも嫌がるのは、負けることだからだ」(ジャーナリスト・津山恵子=ニューヨーク)

※AERA 2022年5月23日号より抜粋