ウクライナ東部のルハンスク、ドネツクの両「人民共和国」で、ロシア軍が攻勢をかけている。今度どのようなシナリオが考えられるのか。ロシアや旧ソ連諸国の政治に詳しい慶應義塾大学の大串敦教授に聞いた。 AERA 2022年6月20日号の記事を紹介する。

*  *  *

 欧米諸国は武器を供与する一方で、ロシアに厳しい経済制裁をかけている。しかし、ロシア、ウクライナ両国から小麦の輸出が止まることで世界的に価格が上がり、アフリカでは食糧危機も懸念される。制裁は果たして効果的なのか。

「ロシア経済に相当程度の影響は出ているでしょう。国民の生活は苦しくなる。しかし、それが『戦争をどうするか』というロシア当局の意思決定に反映するかどうかは別問題です。ロシアに限らず、経済制裁での生活苦が政権当局への『戦争なんかやめろ』という声に結びつくかというと、むしろ逆であることが多い。今回も制裁を科した西側諸国に敵意を燃やす方向へ行ってしまう可能性もあります」

ロシア国内ではプーチン政権に公然と反対の声を上げる人が出てきているという報道もある。プーチン政権が倒れて侵攻が終わる可能性はあるのか。

「少なくともここ1、2カ月の間に、プーチン政権が内部から崩れる可能性は想像できません。もしプーチンがいなくなったとしても、後継者が誰になるかが問題です。プーチンを批判する中には『ウクライナごときに何を手こずっているんだ』というさらにタカ派の人も存在する。政権がどんな戦況下で倒れるかにもよりますが、『プーチンよりもっと好戦的な人が後継者になる』可能性もかなりある、と私は見ています」

■「人の顔」が心に浮かぶ

 では、どうやってこの戦争を終わらせるか。12年から政党政治に関する調査でウクライナに何度も足を運んだ大串教授からまず返ってきたのは、「私には正直、『言葉がない』んです」という答えだった。心に浮かぶのはいつも「具体的な人の顔」だと言う。

「その本人たちがSNSで『火炎瓶を作った』と投稿しているのを見ると、まず心から『死なないで』と思う。ただ、当の本人は戦う覚悟を決めていて、それに対して『逃げろ』などと言うのはおこがましい話。だからといって『がんばれ』と言って死んだら、どうしたらいいかますますわからない。当人たちの判断に委ねるしかない。日本の言論空間で『ロシアが核兵器を使ったら困るからウクライナは降伏を』などと言う人がたくさんいますが、ウクライナ世論やゼレンスキー大統領に届くわけもなくほとんど無意味だと思います」

■決して明るくない今後

 ただ、客観的に言えることはあるという。今後の見通しが決して明るくないことだ。

「ロシアは両人民共和国を国家承認し、クリミア半島についても一切譲る気はない。(侵攻を開始した)2月24日のラインが交渉条件とするウクライナも、仮に軍がそのラインまで押し込めば『はいここまで。両共和国はウクライナの領土ではなく、クリミアも諦める』となるとは思えません。国内世論的にも『もっと行け』となるでしょう。双方が止まれないし、止まらない。米国はロシアから見ると中立国ではないので仲介は難しいでしょうが、超大国の米国か中国が強い態度で仲介に乗り出すなどしない限り、どちらかが矢尽き刀折れるまで戦い続けるのだろうと。大変不幸なことですが、そういう見通ししか持てないのが現実です」

 その米国ではニューヨーク・タイムズ紙やキッシンジャー元国務長官が、「(ウクライナの)指導者は領土で痛みの伴う決断を」(同紙)などと領土の譲歩を促す論説、主張をそれぞれ発表。5月31日にはバイデン大統領が同紙に「プーチンをモスクワから追放しようとしない」「ロシアに苦痛を与えるためだけに戦争を長引かせることはしない」などと寄稿した。

「バイデンの寄稿には『ロシアを追い詰めすぎないほうがいい』という意思があるのかなと、推測しています。ロシア内政の転覆まで意図しているとロシアが理解すれば、徹底抗戦となるでしょうし、また、仮にロシア国内が混乱し内戦が起きるような事態になれば、現状よりも大変です。そこまでの事態を望んでいるわけではないというメッセージが込められているのかもしれません」

■2月のラインで妥結

 ロシア軍をウクライナ国内から完全に追い出したとしても、それですべて解決するわけではないという。

「何らかの形でウクライナが両人民共和国地域を取り返したとします。逆に、国内が混乱するでしょう。現政権に対して強烈に批判的な人々をウクライナ領内に抱えることになるからです。取り戻せばまた血が流れる。ただ、国内世論は取り戻さないと許さない。逆にいまロシアが押し込んでいるラインで妥協してしまえば、国内の復讐(ふくしゅう)心は一向に収まらず、また何らかの形で火がついてしまう」

「2月24日のラインまでの奪還でとどめておき、そこで妥結する。そのうえで、両人民共和国は何らかの形で分離させる手続きをとる。おそらくこれが、現状では最も持続的な平和をもたらす仕組みであり、解決策ではないかと思います」

(構成/編集部・小長光哲郎)

※AERA 2022年6月20日号より抜粋