2022年の中国ニュースの山場は、10月の中国共産党大会だと思い込んでいた。ところが、慣例を破って3期目の総書記に選ばれた習近平氏の苦悩は、むしろ党大会の後から始まったようである。

 理不尽なゼロコロナ政策に反対する抗議行動から始まった「白紙運動」。人々は表向き、コロナ政策に抗議の矛先を向けていたが、実際に彼らを突き動かしていたのは、人民の生活よりも「政治」を優先する習近平体制への不満だった。その後の突然の全面緩和による新型コロナ感染の大爆発。白紙運動の参加者への摘発が今後あるのか。億単位の感染者が一気に生じる状況を中国は乗り切れるのか。これらの問題に明確な答えはまだ出ていない。いずれにせよ、習近平体制はかつてない危機に直面していることは確かだ。なぜなら、これらの問題は「外からの脅威」ではなく、「内からの異議申し立て」につながっていく可能性があるからだ。

 習近平による指導体制が確立した2012年から10年が経過したが、米国との対立や香港問題、台湾問題など、様々な難題が次から次へと降ってわいた。しかし、それらの多くは中国にとって、決して体制を揺るがす深刻な問題ではなかった。

 共産党政権が最も重視するのは、「国内の安定」と「秩序の維持」。それさえ揺るがなければ、米国から多少経済制裁を受けたところでびくともしない。共産党の指導部は、そんなふうに考えていたはずである。

 中国は党が国家を指導する「党国体制」という特殊なシステムをとっている。習近平は党の総書記として権力を掌握したが、国家(政府)を実際に運営するのは首相を筆頭とする国務院になる。今年3月の全国人民代表大会で、引退する李克強首相の後任のほか、経済担当の副首相や外相、国防相など重要閣僚を任命していかなくてはならない。問題は、習近平は今回の党大会で、李克強や汪洋全国政治協商会議主席、劉鶴副首相など、経済や実務に強い人材をあらかた権力中枢から排除してしまった。

 例えば、江沢民国家主席のときの朱鎔基首相、胡錦濤国家主席のときの温家宝首相、というコンビでは、朱鎔基や温家宝は経済を取り仕切って、国民の人気も高かった。どうしても権威色の強くなる党総書記、国家主席に比べて、経済で「改革」を進めようという立場の首相が、国際的にも受けがよい存在だった。歌舞伎でいえば、善玉と悪玉の使い分けが過去は一定程度機能していたのだが、習近平体制第3期は、こうした善玉悪玉の役割分担ができそうにない。

 首相の最有力候補は、政治局常務委員になった李強だが、20年ほど前に、習近平の秘書を務めたところから一気に出世街道に上った人物である。経済人を生み出す土地として知られる「温州」の出身で、如才ない振る舞いは一見、経済運営に向いているようにも思える。しかし、本来は中国の首相は経済運営の全権を担うため、経済担当の副首相などで経験を積むことが求められる。

 ところが習近平に気に入られたおかげか、「ヘリコプター」と呼ばれる急出世を遂げた李強は、上海市書記(トップ)を経験しただけで、中央の経済政策はまったくの未経験。14億人の人口を擁する世界第2位の巨大経済の舵取りには不安が残る。

 もともと経済成長の低下は回避し難い長期トレンドであるが、コロナによって減速感は強まっている。世界銀行が2022年12月に発表したリポートで、同年の中国の経済成長率予測を2.7%に下方修正した。今年の成長率予測も4.3 %に引き下げている。一方、中国政府は2022年の経済成長率を5.5%と設定していた。

 しかし、ゼロコロナ政策とその終了による感染拡大で、中国経済は少なくとも今年上半期の動きは鈍くなるだろう。もし世銀の予測が正しかった場合だが、ゼロコロナ政策の遂行に、22年だけで7000億ドル近い「コスト」を伴ったことを意味している。この金額はスウェーデン一国の経済規模(名目GDP)よりも大きい。現在問題になっている急速な感染拡大によって「コスト」は高まる。

 党大会を終え、「政治の季節」から「経済・外交」にシフトしようとしていた矢先だけに、習近平体制にとっては頭の痛い問題になっている。

 習近平政権は、特に2期目において世界に広がった対中警戒感を緩和することを目指しているようで、習近平自らが前面に出る形で、米中首相会談をはじめ、精力的に各国首脳との会談を重ねている。タイでの日中首脳会談で岸田首相に見せた習近平のほほ笑みは、対日関係の改善だけではなく、対中包囲網の解体と中国独自の外交空間の確立という大きな目的があるからに他ならない。

 ただ、状況を難しくしているのが台湾問題である。

 党大会で、習近平は腹心の人民解放軍幹部を、共産党中央軍事委員会の副主席に抜擢するなど「台湾シフト」を思わせる人事を差配した。党大会の政治報告では「台湾への武力行使は絶対に放棄しない」と国内外に向けて宣言。今後の任期中に台湾問題の解決を意識した行動を取ってくる可能性は高い。

 一方で、台湾への武力行使には簡単には踏み切れない事情もある。民主・自由の価値観を守りながら世界最先端の半導体製造能力を有する台湾は、国際社会にとって、理念的にも、経済的にも、大事にしなくてはならない存在になっている。台湾への強硬姿勢はとりわけ世界での評判を落とすことにつながる。

 中国にとって幸いなことに、2022年11月の台湾の統一地方選で、中国と関係が良好な国民党が大勝し、民進党優勢の政治状況に変化の兆しが見られた。2024年1月に予定される総統選の行方はまだ定かではないが、せっかく台湾の世論に「民進党離れ」が見えかけているだけに、ここで無理に圧力一辺倒の強硬路線をとっては、敵対勢力と位置付ける民進党に「塩を送る」ことになりかねない。

 当面は、軍事・経済両面から一定のプレッシャーをかけて民進党を選ぶといいことはないと台湾世論にアピールしながら、台湾政治の展開を見守り、国民党が本当に政権復帰するかどうか総統選の結果を待つのではないだろうか。
 
 中国の台湾政策は、常に「平和的統一」と「武力統一」の両にらみで展開されている。習近平体制になって民進党政権の時代が続いているなかでは、平和的統一が後退し、武力統一が前に出てくることになり、国際社会に「台湾有事」のリアルな恐怖を植え付けることになった。

 もし次の総統選で国民党が勝利を収めた場合、武力統一という強面の顔はいったん収め、平和的統一のための懐柔策、中台の一体化に邁進するはずである。仮に民進党が再び勝利して政権を守った場合、5月の新総統の就任による新しい台湾の中国政策を見極めたうえで、それが満足のいくものでなかった場合は、かつてない台湾への厳しい行動に出てくる可能性がある。

 いずれにせよ、2023年の台湾海峡が大きく荒れる可能性は高くなく、本番は2024年にやってくるだろう。

 2022年は、「鄧小平時代」から「習近平時代」へ完全に切り替わった節目の年になった。鄧小平時代はとうに終わっていると思われるかもしれないし、習近平時代もとうに始まっていると思われるかもしれない。しかし、中国共産党の統治システムはなお「ストロングマン政治」で、人々は偉大な指導者の「遺言」に縛られ続ける。

 鄧小平から指名され、「改革開放」の路線を受け継いだ江沢民、胡錦濤の時代はあくまで鄧小平時代の延長線上にあった。鄧小平時代の改革開放、集団指導体制、指導者の任期制をすべて習近平は今回の党大会で終焉させたが、それまでに10年の時を費やしたのである。これだけ苦労して築いたストロングマンの立場を、5年で手放すわけはなく、健康が許す限り、最低でも10年はトップの地位にとどまろうとするだろう。

 その意味で、2023年は「真の習近平時代」の1年目となる。極限まで自分に集中させた権力を習近平はいかに使うのか。14億人をまとめ上げる帝王学を、習近平氏は持っているのか。まずはお手並み拝見といきたいところだが、ウクライナ戦争にあえぐ世界にはもはやその余裕はないかもしれない。中国は今後ますます我々と相容れない存在になるか、再び近づくことができるのか、この一年で答えが見えるはずである。

(一部敬称略)

●野嶋剛(のじま・つよし)

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に退社。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)。