米国の政治が荒れ模様だ。下院議長選出で共和党が分裂し、15回も投票が行われた。一方、安定感を見せていたバイデン大統領には機密文書私的保持の疑惑が生じている。AERA 2023年1月23日号より紹介する。

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 ワシントンの新年は、テレビドラマさながらのドタバタを見せてくれた。念願の下院過半数を昨年の中間選挙で得た共和党だが、下院議長選出にあしかけ5日もかかり、空白状態を呼んだ。15回目の投票でやっと決着し、候補のケビン・マッカーシー院内総務が議長の小づちを握ったのは、7日の午前1時13分(米東部時間)だった。

 議長選出は、手続きとして投票はするものの、従来は議会多数派のトップ、つまり院内総務がシャンシャンで就任する。投票が10回以上に上ったのは、南北戦争前の1859年12月から3カ月にかけて44回行われた共和党のウィリアム・ペニントン議長の選出以来。まさに164年ぶりの「不祥事」だった。

■「トランプの話を聞け」

 大揺れスタートの主役は、共和党内の保守強硬派議員らだ。穏健派のマッカーシー氏が打ち出す政策が「甘い」と彼への投票を拒んだ。小さな政府の徹底を主張する彼らは、財政支出の大幅な削減などを要求した。2020年大統領選の結果を否定し続けているトランプ前大統領に同調する「フリーダム・コーカス(自由議員連盟)」のメンバーとも重なり、最終的に20人に上った。

 共和党222議席、民主党212議席という僅差(きんさ)の構成であるため、20人の造反でマッカーシー氏が得たのは202票。ハキーム・ジェフリーズ民主党院内総務が212票で、ともに過半数に届かなかった。

 議長がいなければ議会は成立せず、議事も始まらない。3日に予定されていた議員の宣誓就任も延期された。何よりも「共和党が分裂していて、国民のために働くことを放棄している」(ナンシー・ペロシ前下院議長)といった批判が高まった。票をまとめきれなかったマッカーシー氏だけでなく、共和党にとっては、面汚しの事態だ。

 マッカーシー派は、水面下で造反組の説得を続けた。造反組が求める政策や党内ルールの変更に何度も応じた。造反組に詰め寄った穏健派議員を、羽交い締めにして止めようとした議員もいた。トランプ氏は場外から造反組に「マッカーシーに投票せよ」とSNSや電話で指示を出す。トランプ氏に忠実なマージョリー・テイラー・グリーン議員が「トランプの話を聞け」とばかりにスマートフォンを振りかざして、他の議員に詰め寄った。写真を見ると、スマホの画面にはトランプ氏からの通話を意味する「DT」の文字が浮かんでいる。

■「一枚岩」ではなかった

 20人造反組は、トランプ氏の指示を聞き入れなかった。20年大統領選の結果は「(票は)盗まれた」と信じてはいるものの、トランプ氏の下、一枚岩というわけではない。トランプ氏の党内支持率が下がり、子飼い議員も従わず、同氏の面目もつぶれた。

 実は、下院共和党のリーダーは歴代、辛酸をなめている。前院内総務のポール・ライアン氏は、当時のトランプ政権とソリが合わず、任期満了で政界をも去った。前々任者のジョン・ベイナー氏も、強硬派の圧力に屈して辞任している。共和党の穏健派と強硬派の対立は以前から根深い。

 これに対し、民主党のペロシ氏は、20年近くにわたり院内総務を務め、初の女性下院議長として通算4期を全うした。

 マッカーシー氏は、就任演説で語った。

「私の父はいつもこう言っていた。物事は、どうスタートを切るかではない。どう完了するかだ、と」

 しかし、20人もの反対派を抱えたマッカーシー氏が、2年間の議長任期を無事に終えることができるかどうかは不透明だ。

 一方、民主党の優越感は、共和党の迷走を横目に「ポップコーンを議場に持ってきた議員もいた」(米紙ニューヨーク・タイムズ)ほど。ところがそれも日しか続かなかった。

 下院が正常化した9日、バイデン大統領が副大統領だった時の機密文書が昨秋、私的なオフィスから見つかっていたと、CBSが伝えた。バイデン氏の弁護士らが認めたとし、CNNは、文書は12点に満たないとしている。場所は、同氏が17〜19年に名誉教授を務めていたペンシルベニア大学のオフィスという。発見された後、弁護士らは国立公文書記録管理局に通知し、文書は翌日、公文書記録管理局に戻された。

■なぜ公表しなかった?

 問題は、文書が発見された時期で、昨年の11月2日。中間選挙投開票日の6日前となる。CBSが報道するまで、なぜホワイトハウス側から公表がなかったのか。メリック・ガーランド司法長官は、連邦検察に調査を要請している。

 機密文書の持ち出しについては昨年8月、トランプ氏のフロリダ州の自宅「マール・ア・ラーゴ」が、米連邦捜査局(FBI)の捜索を受けた。国立公文書記録管理局などが返却を要請したのを半ば無視したため、捜査令状が出され、300点を超える文書が押収された。この問題について、ジャック・スミス特別検察官が捜査を進めている。

 前出のトランプ派グリーン議員は早速、ツイートした。

「トランプ大統領と同じように、ジョー・バイデンを扱わなかったら、ガーランドと司法省は説明責任を問われるべきだ」(呼称は原文通り)

 バイデン氏は10日、訪問先のメキシコで文書発見について、こう答えた。

「機密の文書や情報は、重要と受け止めている。文書がそのオフィスに持ち込まれたことに驚いた。文書に何が含まれているのかは、分からない。調査には全面協力している」

 実は、文書の存在が報道されるまで、バイデン政権は安定感をみせていた。下院で共和党が多数派となる直前の年末、約1兆7千億ドル(約225兆円)の23年度予算に署名。その前の中間選挙では、「赤い波(赤は共和党の党色)」が起きると民主党の劣勢が予想された中、大健闘した。選挙でダメージを抑え込んだバイデン民主党内では、24年大統領選挙で「バイデン再選」を求める声が強まっていた。

■対立はさらに険悪に

 中間選挙で大勝し再選されたカリフォルニア州知事、ギャビン・ニューサム氏は55歳と若く、一気に24年大統領選への出馬が期待された。しかし、米ワシントン・マンスリーは年末、バイデン氏が出馬するのであれば、ニューサム氏は出馬をしないと伝えている。80歳のバイデン氏に勝ち目があるという強い「待望論」の表れだ。

 一方、共和党でも、トランプ氏がすでに出馬表明をしている。また、フロリダ州知事選で大勝したロン・デサンティス氏も出馬への準備を進めている。従来、民主党と共和党の票が二分する激戦州という同州で、大勝したことで追い風が吹いた。

 民主党はバイデン氏の出馬表明待ちの一方、共和党は、トランプ氏かデサンティス氏か、と24年を見据える形で年が明けた。ところがわずか10日で、共和党は分裂を見せつけ、バイデン氏の身辺にも影が差した。

 CNNは、トランプ氏の文書問題とバイデン氏の文書発見は異なると説明する。トランプ氏には捜査令状が出されたのに対し、バイデン氏の弁護士らは公文書記録管理局に翌日返却したと、「違法性」のなさを主張する。しかし、特別な調査が双方になされることで、民主・共和の対立がさらに険悪になりそうだ。

 トランプ時代以来、リベラルの民主党と、保守の共和党の二つの政治的イデオロギーが激突する「分断」が問題になってきた。しかし、議会の混乱で、共和党内での分断が浮き彫りになった。民主党内も例外ではなく、急進派が勢いをつけている。二つの分断ではなく、四つの分断の時代に突入している。その中で、来年の大統領選への胎動が始まる。

(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))

※AERA 2023年1月23日号