TBSで放送中の人気番組「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(毎週金曜よる8時57分)。“女性のストレス発散バラエティ”という新たなエンターテインメント番組としての礎を築き上げ、MC中居正広の絶妙なトークや女性目線の人気企画など、女性の欲求に応え続け、幅広い層から絶大な支持を得ている。

17日(金)の放送では、4年ぶりの共演となる久米宏と黒柳徹子が登場。伝説の音楽番組「ザ・ベストテン」の名司会コンビの二人が、当時の番組作りや思い出などをおおいに語る。

今年9月に発売された久米の初の書き下ろし自叙伝「久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった」は、久米がTBSに入社してから50周年を迎えるにあたり、メディアに生きた日々を振り返ったドキュメントだが、ここに書かれている内容が特にテレビ業界において大きな話題を呼んでいるのだ。

「ニュースステーション」(テレビ朝日)によって“ニュースを変えた男”と言われている久米だが、「ニュースステーション」の原点は、黒柳と共に司会を務めた伝説の音楽番組「ザ・ベストテン」だったという。 そこで番組では当時の秘蔵映像とともに久米の“ニュース革命”の真相に迫る。

黒柳の「ベストテンは情報番組ね」という言葉が 「ニュースステーション」のヒントになっているという久米。生放送の「ザ・ベストテン」では、曲紹介の合間に日本で起きた事件から世界の戦争問題、さらに芸能やスポーツまで幅広い話をしていた。視聴者には子どもも多かったため、今社会で何が起きているかを伝えよう。と意識してのことだったという。

特に2人にとって印象に残っているのは、広島に原爆が投下された8月6日に広島の原爆ドームの前から中継を行った回。黒柳は涙ながらに世界平和を訴えていた。世の中で起きていることを伝えるのが生放送の テレビの使命、若い世代にもニュースを伝えたい。そのときの久米の思いが「ニュースステーション」の「中学生でもわかるニュース」というコンセプトになったという。

また、久米は「ニュースステーショ」で「中継」にもこだわった。現在では中継現場から臨場感ある映像を見せるのは主流だが、これを最初に効果的に放送したニュース番組が「ニュースステーション」なのだ。

生中継といえば「ザ・ベストテン」の代名詞。中継先で様々なハプニングが起こり、視聴者はそのドキ ドキ感でテレビに釘付けとなっていた。番組ではそんな今では信じられない「ザ・ベストテン」の中継の様子を紹介。田原俊彦は新幹線から、松田聖子は空港から、近藤真彦は国道を走る車内から、世良公則&ツイストは新潟からの中継でファン5000人が詰め掛けた。さらに実家の前から中継で歌ったアーティストや、ファンの自宅前から中継で歌った人も。

番組の途中では黒柳が「実は私も、久米さんの裏でニュース番組のオファーがあった」と明かすなど、今だから言えるエピソードを披露し盛り上がった。

さらにスタジオではMC中居が久米へ「現在のテレビ番組」について質問。「(『ニュースステーション』後に始まった)『報道ステーション』は見てましたか?」の問いに久米は絶句・・・。その後「辞めた 当初は見られなかったが、古舘君の放送を見て“辞めなければよかった・・・!”という思いが湧いた」と 漏らし、「73歳となった今でもできたかもな・・・と思う時がある」と心の内を話した。

伝説のニュース番組とその原点となった伝説の音楽番組を、中居正広、安住紳一郎(TBSアナウンサー)らが久米宏、黒柳徹子と語りつくす。

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