「これだけ節電するとあなたの電気料金はお得です」より、「あなたの電力消費はこれだけ損してますよ」と言われた方が人間は節電に走る。こんな行動心理を駆使し、節電ビジネスに取り組んでいるIT会社の具体例を本誌12月12日号「すぐに使える新経済学」で伝えたが、この行動経済学を実践し、ビジネスにした商社がある。

「歯周病や虫歯の予防になるスゴイ乳酸菌がありますよ」と伝えるより、「このまま放置しておくと、認知症や脳梗塞(こうそく)、糖尿病になるかもしれないですよ」と聞くと、人間は行動に走るもの。「スゴイ」より「ヤバイ」情報を伝えて購買意欲を喚起するわけだ。それが広島大学と三井物産、UHA味覚糖が共同開発した虫歯や歯周病を予防できる乳酸菌入りのタブレット。

 話をさかのぼると、関西支社で酵母菌マニアの50代社員の「重度の歯周病を治せないか」という行動が始まりだった。広島大学が発見した乳酸菌が入った四国乳業のヨーグルトをネット通販で購入し、食べ始めたところ、半年後には主治医の歯科医が驚くほど改善。関西支社の社員は、「うちには知財をビジネスにしている部があった」と物産本社の知財チームにつないだのだ。

 物産の知財をビジネスにする事業部は、金融事業部の中にあったが、2016年にチームごと部門の垣根を越えて社内横断的に取り組むビジネス推進部に移管されていた。その知財ビジネスチームの第1号案件がこの乳酸菌入りタブレットだった。

 広島大学大学院医歯薬保健学研究科の二川浩樹教授が発見した「L8020」は「80歳になっても20本の歯を」という願いを込めた名称で、愛媛県の四国乳業が共同開発してヨーグルトで販売していたが、全国展開していなかった。そこに三井物産が目を付け、製品化のパートナーを探した。

 食品、日用品など40社近い会社を訪ね歩いても「鳴かず飛ばず」。そこで乳酸菌がいかにスゴイかではなく、このまま放置しておくと……という情報を前面に出すプレゼン戦略に方向転換し、UHA味覚糖が製品化するパートナーに手を挙げたのだ。

 13年に大学院卒で物産に入社した徳本光宏氏が製品化に取り組み始めたのは15年半ば。知財ビジネスチームのビジネスコーディネーターとして動き始め、紆余(うよ)曲折を経て17年1月に試作品を完成させた。同年6月に商品化した「UHAデンタクリア」はタブレットの形、堅さの違う2種類で価格は194〜594円。

 障害者施設で歯科治療を手がけている二川教授が、歯磨きしなくても虫歯や歯周病にならない患者に着目し、研究を始めたのがきっかけで、口腔(こうくう)内に虫歯菌や歯周病菌に対して高い抗菌性のある乳酸菌を発見。それを広島大学と同大学発のベンチャー「キャンパスメディコ」と共同開発し、UHA味覚糖がコンビニやドラッグストアで買えるタブレットに開発した。1袋売れるごとに物産にも口銭が入る。

 ◇消費者向けでは新参者

 徳本氏は「企業や大学が保有する知的財産の多くは十分に活用されていません。未活用の知財をビジネスとして成功させることで日本の新たな収益源になることが期待されます」と語るが、課題も見えてきた。

 限られた店頭の棚の争奪戦が激しいコンビニで、この商品は早々と撤収され、現在は全国のドラッグストアチェーンでのみ販売されている。しかもストアの店員に「歯周病予防になる乳酸菌」と聞くと、4800円の別の商品を薦めてきた。

 消費者向けビジネスで三井物産は新参者。これをヒット商品にするには、例えば社員全員がタブレットを携帯し、飲み屋に行ったら必ず接待相手や店員にPRするなど、愚直な営業活動が欠かせない。資源や化学品、機械・インフラのビジネスとは異世界の場でどれだけ革新を起こせるか、社内文化を変える挑戦が次の成長の試金石になるかもしれない。
(編集部)