浪川攻(金融ジャーナリスト)

 今年9月、日銀の管理職をなげうって、地域金融機関の応援に向けて起業した人物がいる。直前まで日銀の金融高度化センターで副センター長を務めていた山口省蔵氏(55)である。立ち上げた会社の名前は「金融経営研究所」だ。併せて、同氏は「熱い金融マン協会」という金融マンが相互に啓発し合う組織も発足させた。なぜ、山口氏はあえてそのような決断をしたのか。

 金融高度化センターは、金融機関の機能向上を支援することを目的に設置されている。ここで山口氏は「新たな企業評価及び融資手法」の紹介や「PFI(民間資金を活用した公共施設の建設・運営・維持管理)を中心とした公民連携」への働きかけ、「創業・事業再生・事業承継支援」などを推進する業務を担っていた。

 近年はその一環として、「金融機関による地域プロジェクト支援」に関する調査やセミナーの開催に注力していた。地域創生などに取り組む金融関係者の間で注目されている金融高度化センターの「大規模セミナー」がその一つだ。

 山口氏が日銀を退社してまで起業を決断したのは、このセミナー開催などを通じて、新たな地域金融のビジネスモデルを地域金融機関とガッチリと組んで構築していきたい、という思いに駆られたからだ。

 セミナーでは新たな地域支援策などに取り組んでいる金融機関の活動ぶりを紹介し、終了後には参加者への匿名のアンケートを実施していた。すると、「『私もあのような取り組みをしたい』『感動した』という熱い回答が少なくなかった」。これに山口氏は着目した。

日銀考査でなかった感触

 山口氏は日銀で考査業務(金融機関の業務・財務の調査)にも従事した経験を持つ。考査先の金融機関数は30社程度に上ったが、金融機関側から、この回答のような感触を得たことはなかった。北風政策のような考査では金融機関はなかなか胸襟を開かなかったのに対して、太陽政策のセミナーでは金融関係者がホンネを吐露し、「顧客、地域に役立つ金融への思い」を率直に訴えたのだ。そこに、山口氏は地域金融が変われる可能性を見いだし、自らがその後押し役となる決断を固めた。

 金融経営研究所、そして、熱い金融マン協会の資料をみると、ビジネス、組織のあり方、報酬体系など山口氏の発想が満載されている。

 その考え方の中枢をなすのは「営業現場の重視、本部から現場への判断の移譲」である。山口氏がこの考え方を提案すると、「現場にはノウハウがないから」と反論されるケースがある。山口氏はこれを否定する。「現場にノウハウを蓄積させてこなかったことと、その仕組みを作らなかったからではないか」と。

 地銀や信金、信組などの間では、山口氏のチャレンジに応える動きが現れ始めている。山口氏に意気投合した金融機関の一つが、革新的な経営で注目を集めている東京の第一勧業信用組合。来年1月には、共同でセミナーを開催するという。