豊島逸夫(豊島&アソシエイツ代表)

 米国株式市場を撹乱(かくらん)する存在の一つに、高性能コンピューターを駆使した「ハイ・フリクエンシー・トレーディング(高頻度取引)」で巨額マネーを動かす独立系の個人投資家集団がある。機関投資家の金融規制を強化した「ドッド・フランク法」で縛られたウォール街の銀行やヘッジファンドと違い、株の売買における自由度が高く、売買額も巨大化している。

 彼らは人工知能(AI)とチャートを武器に、商いの薄い時間帯などを利用して、短期で集中売買攻勢を仕掛ける。ニューヨーク時間で、特段の理由もなく株、円などの通貨、商品など幅広く「獲物」を追う。大金を持った個人がスーパーコンピューターを買い込み、100分の1秒以下の単位で注文を出している。彼らにファンダメンタルズの知識は不要だ。

 18年夏に筆者が目の当たりにした一つの事例が、マンハッタンのウォール街から離れた一角に拠点を置く独立系個人投機集団だ。ユダヤ人街の古いビルのワンフロアを改装し、スパコンを導入、数人のチームで売買していた。外の気温は30度を超えていたが、スパコンを冷やすため室内温度を下げており、皆コートを着込んでいた。

 キーボードをたたく若い男性は機材メンテナンス担当で、チームのボスである個人投資家は、高頻度取引を任せるAIの売買プログラムの吟味に当たっていた。いったんAIが稼働すれば売買は自動的に行われ、例えばマーケットで全体に売りのサインが出ると、さらに売りの攻勢をかけることもある。そこは、“人間の知恵”で売買するトレーダーが不在の世界と化していた。

「ウォール街離れ」加速

 このような一群の中には「プロップハウス」と呼ばれる集団もある。自己勘定・自己責任を意味する「Proprietary」と業者を意味する「House」を組み合わせた造語だ。

 筆者が会った投資家は、ハーバード大を卒業後、テキサス州で大牧場を経営する父親から巨額の資産を引き継ぎ、元手にしていた。日々動かす額は1億〜10億ドル(110億〜1100億円)で、さらにレバレッジを掛ける。それでも全資産の10分の1程度という。

 売買領域も従来は米国株と欧州株が大半だったが、今では日本株を含めたアジア株や新興国株も買い始めている。国債が主体だった債券の売買も、民間が発行するハイイールド債にまで手を広げている。円など外為や原油も手がける。高頻度取引は必然的にボラティリティー(変動)を高める。しかも、AIは学習度を深めており、19年はこの傾向がさらに拡大するとみられる。

 プロップハウスが自己資金を運用し、稼いだ額などの情報開示義務もない一方、ウォール街の銀行のトレーダーは、ドッド・フランク法で自己勘定売買が制限され、裁定取引での利ざや稼ぎに徹している。ニューヨーク証券取引所も、ニュージャージー州にあるデータセンターに全てのオーダーを集約。米国の株取引は、実態としてはウォール街を素通りしている。これは「ウォール街離れ」と呼ばれている。

 市場の「リスクテーカー」としてプロップハウスが存在感を増したことで、市場の変動幅は18年秋のダウ暴落のように異次元の大きさになっている。円や日経平均先物が夜間に大きく動く事例が19年は増えよう。円は100〜125円、日経平均は1万9000〜2万5000円と幅広いレンジで暴れまくりそうだ。彼らは理由付けにはこだわらない。自分たちが相場を動かせるときに、出動するのだ。