大澤昌弘(金融・証券アナリスト) 

 信用金庫の合併による再編が続いている。1月21日には浜松信金と磐田信金(いずれも静岡県)が合併して「浜松いわた信金」となったほか、2月には桑名信金と三重信金(いずれも三重県)が合併する。また、6月には島田信金と掛川信金(いずれも静岡県)が、7月には静岡信金と焼津信金(同)も合併を控える。背景には地域の衰退といった要因ばかりでなく、もっと込み入った事情もありそうだ。

 信金の合併は現在も、ほぼ毎年のように全国のどこかで起きている。平成に入って最も件数が多かったのは2000〜03年度で、毎年度10件を超す合併が続いていた。その後、徐々に件数自体は減っていったものの、再編が止まる気配はない。18年1月には北海道で、札幌信金、小樽信金、北海信金が合併して「北海道信金」が誕生したほか、同月には宮崎県で宮崎信金と都城信金が合併し、「宮崎都城信金」として発足した。

 件数が多かった時期の主な合併要因は不良債権処理による経営体力の消耗だったが、その後も特に地方で人口減少や地域経済の疲弊が進んでいる。また、地銀、第二地銀や信用組合も含めたオーバー・バンキング(金融機関の過剰)状態も解消されず、日銀のマイナス金利政策継続による利ざやの圧縮や有価証券の運用難も拍車をかける。さらには、システム投資もかさむうえ、職員の高齢化に伴う人件費上昇や少子化による採用難にも直面する。

 よって、健全経営でずば抜けていたり、あまりに過疎地で合併相手がいない場合を除き、合併を意識しない信金の理事長はいないと言っていい。水面下では今後も相応の動きがあると考えていいだろう。

 合併までの意思決定の経緯は、(1)組織内の最高権力者である理事長もしくは会長の決断、(2)理事会(株式会社の取締役会に相当)での意思決定、(3)総代会・総会への付議・承認──となる。(1)が決まれば、よほどのことがない限り、(2)、(3)で覆ることはない。したがって、事実上の意思決定権限者は、組織内の最高権力者となる。この最高権力者同士が合意に至れば“縁談”がまとまることとなる。

 結婚と同様に、合併にも関係者が存在する。このうち、何といっても強い発言力を持つのは、他ならぬ金融監督当局だ。信金の監督当局は地方の各財務局だが、当局の優先順位は何よりも「金融機関発の信用不安を発生させないこと」に尽きる。それゆえ、合併によって資本の額が増え、管理部門の人員や機器などの削減が可能となり、店舗の統廃合で費用を圧縮できる合併を歓迎する。

叙勲までもエサ?

 実態としては、財務局に赴任した担当官僚が、自身の在任時に再編をまとめ上げると、“勲章”として評価される。金融機関の決算データは、月次の頻度で当局宛てに提出され、経営状態は丸裸にされている。こうしたデータの解析や立ち入り検査を通じて実態を把握した上で、当局側がさまざまな勧奨を実施している。大手・有力な理事長などと接触して再編の意向をうかがいつつ、中小・体力低下中の理事長と接触して「将来像をどう考えているのか?」と迫る構図だ。

 こうした背景の下で、「今のうちに合併すれば退職金がもらえるが、破綻すれば家屋敷まで差し出さなければならなくなる」と考える経営者がいても不思議はないだろう。当局側も心得たもので、合併(特に救済合併)に対しては、時に叙勲までエサにするともうわさされる。


浜松・磐田に“火種”

 静岡県には浜松いわた信金が発足するまで12信金がひしめき、静岡県より人口が多い神奈川県や福岡県(いずれも8信金)よりも信金数が上回っている。その静岡県で今年、3件の合併が一気に進むのは、経営を取り巻く環境の厳しさや当局の働きかけだけでなく、それぞれのトップの思惑がぴたりと一致したからにほかならない。

 17年9月に発表された静岡信金と焼津信金の合併は、静岡信金の田形和幸理事長のかねてからのラブコールに、焼津信金の牧田和夫理事長が応じた形で実現した。田形理事長は同じ静岡市内に本店を構え、預金量もほぼ横並びで長年のライバル関係だった静清信金に決定的な差をつけるべく合併を望んできた。「まるせい」の屋号を持つなどユニークな焼津信金側も、両理事長がともに酒をほとんど飲まないなど「静清よりも馬が合う」と、最終的に静岡信金との合併を選択した。

 17年11月発表の島田信金と掛川信金の合併は、関係者間で最も驚かれた。かつて島田信金が掛川地区に進出し、熾烈(しれつ)な争いの結果、島田信金が撤退した歴史があるからだ。ただ、合併の決断には、県内最大手の浜松信金の動きも起因した。17年9月発表の磐田信金との合併によって東部へ進出してくる懸念があり、掛川信金にとって脅威となる。掛川信金の伊藤勝英理事長と島田信金の市川公理事長が、重複する金谷支店の取り扱いを話し合ううち、短期間に合併が決定したと言われる。

 浜松信金と磐田信金の再編も、関係者を驚かせた。浜松信金の御室健一郎理事長は常々、静岡県信用金庫協会の会合でも堂々と「合併・再編について議論すべきだ」と論陣を張っていたが、候補だった磐田信金、掛川信金、遠州信金はいずれも消極的で、とりわけ磐田信金の最高実力者であった高木昭三会長とは“犬猿の仲”だったためだ。高木会長の秘蔵っ子だった高柳裕久理事長が、両者を取り持つ形で合併にこぎ着けたが、火種はなおくすぶり続けている。