賃金デジタル払いは広がらない 見過ごされている四つの課題=佐々木城夛
 賃金のデジタル払い解禁に向けて、政府内で議論が加速している。6月18日に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」でも「2021年度できるだけ早期の制度化を図る」と盛り込まれた 。厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で制度設計の詰めの議論が進むが、実際に使用する事業主や労働者側が使い勝手の良さやメリットを実感できない限り、結局は普及しない。ここでは見落とされている問題点を指摘したい。

 現在検討されている賃金のデジタル払いとは、非接触ICやQR(二次元)コードなどでキャッシュレス決済が可能な、スイカやペイペイといった資金決済法上の「資金移動業者」が扱う電子マネーとして賃金を支払うことを指す。現行の労働基準法では、「賃金は通貨で直接労働者にその全額を支払わなければならない」とされ、現金のほかは銀行など金融機関と証券口座への振り込み以外は認められていない。 

 電子マネーの普及とともに、キャッシュレス社会を目指す政府が、規制緩和の一環として賃金のデジタル払いの制度設計を進めている。ただ、政府内での検討は、資金移動業者の破綻時の資金保全の仕組みや、デジタルマネーで支払われた賃金の法的性格、マネーロンダリング(資金洗浄)対策といったスキームの検討に時間がかかっており、当初掲げていた「19年度できるだけ早期」の制度化からは遅れが生じている。

議論の遅れを謝罪
 厚労省側は、賃金デジタル払いの制度化に遅れが生じていることを重く受け止めている模様だ。4月5日の規制改革推進会議の「投資等ワーキング・グループ」の席上で、厚労省の出席者が改めて遅延を謝罪し、課題を要件化した上で21年度早期の制度化を目指す旨を述べている。その一方、労政審の労働条件分科会では労働者側の委員から、導入ありき、スケジュールありきで議論が進められることにくぎも刺された。

 そうした中で、KDDI系のauペイメントが今年1月、5月より法人向けにauペイで賃金を前払いできるサービスを提供すると公表した。 また、ヤフーは2月、約7800人の全社員を対象に在宅勤務への支援として、銀行口座へ出金できない電子マネー「ペイペイマネーライト」として5万円分を付与すると発表した。ヤフーは将来の賃金のデジタル払いを見据えたモデルケースとして位置付けており、事業者側の準備は着々と進んでいる。

 賃金のデジタル払いが解禁されれば、電子マネーで賃金を受け取る労働者は、できるだけ電子マネーのまま利用しようとするはずだ。その大きな理由に、利用に伴うポイント還元が挙げられる。決済額に応じて0・5%(ペイペイなど)〜1%(楽天ペイなど)程度のポイント還元を実施する電子マネー事業者が多いため、デジタル払いへと誘引されることになるだろう。

 ただ、仮に賃金のデジタル払いが制度化されたとしても、事業主や労働者にとって使い勝手は良くはなく、解禁後短期間に広く普及する可能性は極めて低いだろう。そもそも電子マネーが利用可能な店舗やサービスが限られるといったハード面の課題ももちろんある。加えて、労政審の労働条件分科会など政府内での会議の議事録を見ても、見過ごされているであろうポイントが大きく四つある。