減る一方の18歳人口と、増え続けた大学−−。需給のアンバランスが限界に達し、いよいよ大学の淘汰・再編が始まる。中央教育審議会大学分科会の将来構想部会で部会長を務める永田恭介・筑波大学長に、部会で打ち出した大学の連携・統合について聞いた。

── 連携・統合が必要な理由は。

永田 「18歳人口が減る。だから連携・統合」というのは間違いだ。この国の知的基盤を支えるためには、人口減の中でも高等教育を受けた人材は一定数必要となる。科学技術の進化を考えれば、人材は現状でも足りない。国の財政が厳しい中、研究・教育機能を強化するために、大学のマネジメントやガバナンス(統治)をどう変えるかという話だ。

── 東京23区内の定員規制などは地方振興の意味合いも帯びている。

永田 今の東京一極集中は、ビジネスも行政も顔を合わせなければできないという時代の名残だ。だがICT(情報通信技術)の高度化によって、遠隔でも対面と同じようにコミュニケーションができるようになる。

 そういう社会が実現すれば、誰もが東京にいる必要はなく、現場にいることの価値が高まる。例えば、東京にいても果実の生産地の生育状況等を知ることはできるが、花の匂いまでは伝わってこない。技術が進んでも現場でしか得られない重要な情報がある。ものづくりも地方を拠点に行うことができる。社会や産業のあり方が東京一極集中から、地方分散型に変わっていくだろう。

── 今は政策で地方へ誘導しようとしているが、必然ということか。

永田 分散化は必然だ。欧米では既に起きている。だが、自然に分散していくとしても、日本では今は皆が東京を向いているから、ある程度の政策誘導は必要だ。超過密な東京にこれ以上、大学機能を持ってくるのは得策ではない。

 分散化で地域が核になる時、その核を支える人材供給と研究の拠点が必要になる。その中心は大学だから、地域の大学は安易につぶすべきではない。地域で人を育て、問題を解決できるような状況を作るべきだ。

自然淘汰では大学が消える

── その考えは、連携・統合の推進とは矛盾するのではないか。

永田 矛盾しない。連携・統合は経営上必要だが、キャンパスが地域からなくなることと同じ意味ではない。例えば米カリフォルニア大学は、傘下にバークレー校やサンディエゴ校など10大学を各地に置いている。

 連携・統合を国が主導するのではなく、それぞれの地域が自主性を持って進めるため、連携協議会(地域連携プラットフォーム・仮称)を置くことを提案している。大学に加え、自治体や産業界など各界から集まり、地域の課題にフォーカスした高等教育の将来像を作ってほしい。

 最初は紛糾するだろうが、地域の課題に合意できれば、大学同士で「この分野はそちらで担ってもらえないか。うちは別の分野を担うから」というような話が進むだろう。

── 地方で特に18歳人口が減るので、大学の供給を減らすための連携・統合なのではないか。

永田 地方で供給を減らせとは、部会の資料にはどこにも書いていない。地方のニーズによっては増やすこともあり得ると思っている。ただ、今のまま大学が“自然淘汰(とうた)”されると、失うものの方が大きいのではないか。大学が過剰供給気味な一部のところは自然淘汰でいいかもしれないが、地方では県内に大学がなくなってしまいかねない。

── 連携・統合のハードルは。

永田 法や制度の規制は内容に応じて外せばいい。一番のハードルはマインドだ。これまで、それぞれの大学がアイデンティティーを求めて取り組んできた。とりわけ、私学には建学の理念があり、課題が多い。

 だが、地域の知的基盤を支えるという考えに立てば、合理的に考える大学人は乗り越えられると思う。アイデンティティーをどう保つかは、連携・統合の形次第だ。

 重要なのは大学の数ではない。高等教育で育てなければならない人材の水準と規模感だ。

*週刊エコノミスト7月24日号 巻頭特集「大学消滅」