明日9月15日(土)よりテアトル新宿にてレイトショーがスタートする映画『飢えたライオン』。本作は、担任教師の性的動画が流出し、その相手が主人公の女子高生瞳だというデマが流れます。誰も信じないだろうと思っていたデマは事実のように広がっていき、追い詰められた瞳は自殺をしてうことに。映像と情報の持つ「加虐性」を描くと同時に、それらを消費する私たちの中にある邪悪な”欲望”をあぶり出す衝撃の作品で、主人公の瞳役を自然に演じ切った松林うららさんにお話を伺いました。

―映画の世界に浸りきっていることに気付かないぐらい、とても自然な演技でした。監督からは特別な指導があったのでしょうか。
肩の力、入っていませんでしたか?(笑) 緒方監督には役作りとして色々アドバイスをいただきました。私は撮影時24歳だったので、どうしたら女子高生に見えるのか?という研究から始まって、お芝居に関しては "あまり作りこまないように”と言われていました。
私自身は?その場に生きる”ということを常に意識していました。

―その場に生きるとは?
その時、その時の感情を素直に受け止めていたことは確かですね。リハーサルも沢山やったけれども、やっぱり制服を着ると、自然に女子高生になれている自分がいて、そこ、でしょうか。

―難しいな、と感じた演技はどのシーンでしたか。
一番最初の、トイレで女子高生同士で集まっているシーンは本当に難しかったんですよ!なかなか女子高生の自撮りのタイミングをつかむことができなくて、リハーサルを何回もやりました。スマホを出すタイミングが遅かったり、演技ではなく動きが女子高生に見えない点があって苦戦しました。

お芝居的に一番苦しかったのは、自殺する前のシーンですね。感情を積み重ねていくところは、自分ではしっかり脚本分析をして挑んだんですけど、いざ現場に立つと入り込んでしまうので、順撮りではなかった分、感情の浮き沈みの表現はさらに大変でした。
暗いシーンがあって、その次幸せなシーン撮りだったり・・・。。幸せな時から落とされるのはいいんですけど、どん底から上にあげるのはとても難しかったですね。
※順撮り:シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法。

―監督はもちろん他のキャストの方々とも仲が良さそうです。
初めての主演でしたし、ずっと現場にいるということも初めてでしたので、監督からのフォローだけでなく、キャストのみんなも助けてくださいました。彼氏役の水石亜飛夢さんなんて、シナリオ上でちょっと関係性が悪くなるシーンの前に、「無視して」って私がお願いしたら、現場で役じゃない時も全部無視されてて(笑)。

でも、そういう風にしてみんなが、私が(役に)入りやすい様に環境を作ってくださって。女子高生4人は仲良くなるために、ご飯に行ったり、カラオケに行ったりして一緒に過ごす時間を作りました。そういう面ではとても有難かったです。

―瞳は自ら死を選択しますが、自殺する瞬間はどんな気持ちになるのでしょうか。
私はあの時は無心でした。デマによってということよりも、本当に何も見えなくなってしまったというのが、一番正しい感情かな。

―その瞬間、フラッと気を失っているようにも見えました。
死んだ方が楽だとも思わなかったです。もう目の前しか見えなかったですね、あの時。
緒方監督からも、瞳が自殺するシーンは「死にたいと思って死ぬんじゃない」というようなことを言われました。あえて、何も、何もじゃなくて、突発的になのかな、言葉が難しいんですけど、本当に目の前しか見えなかった、そういうことなんじゃないかなと思います。

―すでに追い詰められていた瞳は、ちょっとしたきっかけで衝動的に自殺したのでは?
私も一番最初に解釈した時は、そういった解釈をしてしまったんですよね。デマとかいじめで死ぬんじゃなくて、彼氏のことで死んでしまう。追い詰められて死ぬんじゃなくて、目の前で起きていることでポロっと死んでしまう。そういう考えだったんですけど、違うのかな、と。違うというよりは、本当に?本人にしかわからないこと” なんだと思います。