なぜ「宇宙戦艦ヤマト」の世界観と音楽はこれだけマッチするのか?

2021年6月11日より上映される「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択は、2012年4月から全七章で劇場上映した「宇宙戦艦ヤマト2199」と2017年2月から全七章で劇場上映した「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」の2シリーズに新規カットや新録ナレーションを加えてリビルドした特別総集編です。

宮川彬良氏,交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202,画像,「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202」を発表した宮川彬良氏

今回は上映に先駆けて、「2202」の劇中で使用されたBGMを再構築したアルバム「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202」を発表した宮川彬良氏にお話を伺いました。作曲家として宝塚歌劇団や劇団四季などのミュージカル音楽や、東京ディズニーランドのショーなどを手掛け、NHK教育テレビで放送されていた「クインテット」出演では音楽の楽しさを子どもたちに伝えるなど幅広く活躍されてきました。

宮川氏のお父様は1974年に映像化されたTVシリーズ「宇宙戦艦ヤマト」から、シリーズの音楽を担当していた宮川泰氏。親子二世代にわたって、「ヤマト」の音楽を生み出し、守り続けてきた宮川氏に「交響組曲」制作までの長い道のりを振り返っていただきました。

―― 「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202」を制作されたきっかけについて教えて頂けますか?

宮川彬良
一番近いきっかけは“自分で宣言しちゃった”ってことです。2019年10月14日のコンサートで「作ります」って言っちゃった手前、作らざるを得なくなったとも言えるんですけど、それは自分で自分を後押ししてるというか、もう戻れない状態にしないと書けないぐらい怖いこと、怖いというかチャレンジングなことだとずっと思ってたから言ったんですよね。言わせた自分と言われた自分が2人いるみたいな感覚なんですけどね。

で、遠目に見ると、それこそ父の「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」を最初に聴いた時に、分かり易く言うと「これだ!」と思ったんです。
どういうことかと言うと、歌謡曲では3分とか、劇伴だって長くて4分、短いと大体1分半の曲が多い世界なんですが、学生だった当時、1曲聴くのに40分ぐらいかかるクラシックの交響曲の勉強を始めた頃にあれを聴いたので「これだ!」ってピンときたんですよね。

あれを全部聴くのに45分ぐらいなんです。現代的かつ格好いいアニメの音楽で、それでいてどことなく全部聴き覚えのある曲で、40分台の作品が新たに生まれたっていうのはやっぱり“凄くいいな”って思ったし、僕にとってはまさに“目指したいと思えるもの”だったんです。

宮川彬良氏,交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202,画像,「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

同時にプログレッシブ・ロックが、もう下火の頃だと思うけど当時流行っていて、それをやっていた人たちの考え方とも合致していたんです。その人たちはピンク・フロイドにせよELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)にしろ、レコード1枚で1曲なんですよ。少なくともA面で1曲、B面で1曲なんです。何曲か分かれている場合もあるけど、でもトータルで聴いてもらうための作りをしていることが、ひしひしと感じられるものだったんですね。ポップなものだとバラ売り出来そうな感じがあるじゃないですか?だけど、彼らがやっていたことともコンセプトが一致して“ああやっぱりそうだよな”って“こういうものを作らなきゃいかんよな”ってものがそこから既に始まっていたんです。きっかけという意味では、作れって言われたわけじゃないけど“いつかこういうものを作らないといけない”と、そこでもう既に思い始めていたに違いありません。

※プログレッシブ・ロック(略称プログレ):1960年代後半、英に登場したロック・ジャンルの一つで、シングル中心のロックから、より進歩的なアルバム志向のロックを目指した。

それが、大人になってヤマトの仕事と関わるようになって、最初に言ってくれたのは日本コロムビアのレコード会社の方ですけど、僕に「彬良さんバージョンの交響組曲が聴きたいなぁ」って、会う度に言うんです(笑)。“もう分かったから言わないで”っていうぐらい。それが遠い方のきっかけです。

コロムビアの方に言われた時からいろんな思いが混じり合って10年か15年ぐらい、いや20年ぐらい経ってるのかな。違う仕事でも会う度に言われたりするんですよ、「ヤマトやりましょうよ、ヤマト!」って 。“何言ってんだろう?この人”(笑)ってその時は思いましたけどね(笑)。“そんなもんおいそれと出来るもんじゃない”っていう思いがあったのでね。いろんなきっかけが立体的に重なり合ってるんですね、実はね。

―― それは新しいヤマト、リメイク版の「宇宙戦艦ヤマト2199」(以下、「2199」)がスタートする前じゃないですか?

宮川彬良
多分前ですね。

―― ってことは「2199」がスタートして彬良さんがそれに参加すると決まって、そこからまた気持ちは変わるものですか?

宮川彬良氏,交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202,画像,「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

宮川彬良
変わりますよね(笑)。「2199」の時は、出渕監督と非常に意気投合したというか、やりたいことが一緒、思いが一緒だった。だから「やりましょう」って言って船にヒョイッと乗っちゃったんです。でも、その船の行き着く先には「さらば」が来るだろうなって当然あるわけです(笑)。だって、成功したら次があるわけじゃない。成功させないわけにはいかないし、イメージの中には、その先の先の先ぐらいに「交響組曲」って言われるよな、っていうのはちょっと明確になってきたのね。“もう言わないでくれ”っていうのとは違って、“まだ早いよね”とか“今じゃない”とかって。でも、いずれやるっていうのはそこで、もう一つ別のスイッチが入っていったんです。

―― その辺りから気持ちの準備はしていらっしゃったのですか?

宮川彬良
具体的に、交響組曲作るんだったらこの曲は入れられるんだなっていうことは、断片的には頭をよぎりますよね。「2199」でガミラス国歌を作った、“これいいね。じゃ、交響組曲にはこれ入るな”って。結局入らなかったんだけど。そういうような思いで新たな尺度を得たということはありますね。

―― 「2199」と「2022」のシリーズに携わった時のお気持ちを教えて頂けますか?

「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

宮川彬良
「2199」はもう本当に忘れもしないですけど、その半年前か1年前か忘れましたけど、出渕さんと会うその前に、指揮者の大友直人さんから電話がかかってきたんです。西﨑(義展)さん(「宇宙戦艦ヤマト」シリーズのプロデューサー・原作者)がご存命で、僕が大阪の仕事をしていた頃だからもっと前かな。

西﨑さんが復活編をやるって言って、指揮者の大友直人さんと西﨑さんは仲が良かったから、彼に振ってきたの。大友さんから「僕は作曲家じゃないし、彬良くん一緒にやろうよ?」って電話がかかってきたんだけど、僕はその時長年の思いを正直に「いや、僕はやりたくありません」って言ったんです。続編は認めたくないぐらい最初の「ヤマト」と最初の「ルパン」が好きだったわけです(笑)。分かるよね?(笑)俺は絶対に(ルパンは)グリーンジャケット派だ!って(笑)。

それで「2199」の時に“あーまたか”と思ったわけですよ。悪いけどまた断りに行かなきゃいけない、と思って赤坂のホテルに行って出渕さんと会った。僕はまずそのことを言ったのね。「僕は当時中学生で、本当にあれが原点だし、その続編についてはやりたくありません」って言った。そうしたら「彬良さん、僕がやりたいのはまさにそれですよ。最初の26話をリメイクしたいんです!」って「じゃあ、やります!」って言って(笑)。本当に漫画みたいだった。彼はまたオーダーが上手かったから、訓練学校生の校歌作ろうとか、ガミラス国歌作ろうとか、中々いい横道から攻めてくれたから、僕をリラックスさせてくれたんだよね。

宮川彬良氏,交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202,画像,「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

後は比較の問題ですよね。ここで僕がやらなかったら、それはイメージが違うよなって自分でも思えたし、そこに別の方の名前が書いてあったら、それはそれでいいんだろうけど、何か違うじゃないですか。“そこはお前、守っといてくれよ”って親父が横で囁いているような感じがやっぱりありますよね。

あとはもう責任感ですよね。行くところまで行こうと。だから、やって上手くいったからこそ、考え方がちょっと変わってきたんじゃないかなと思います。

―― 今回のCD発売については、具体的な作業に入るきっかけが昨年のコンサートになるのですか?

宮川彬良
そこで言った手前、退路が塞がれたっていうのがまずありますよね。それで「音楽プロデューサーの吉江さん(バンダイナムコアーツ)と「2202(の劇伴)良かったよね」というトークから始まって「劇伴のCD聴いてるだけで交響組曲入ってますよね?」って言われて、確かにそうだったんですよ、本当に良くて、2枚目(『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』 オリジナル・サウンドトラック vol.02)のやつ。そこで会話を始めたの、吉江さんと。「こういう構成っすかね?これは入りますよね」「いや、そういうことじゃないんだ」とか言いながら。

そういう集まりを2回ぐらいやったかな。交響組曲のことで話しましょうって言って。「でも、録るとしたら2020年だよね」とか、そんな会話。でも2019年の秋頃になるのかな、「宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち」(以下、「2205」)の話の時に、まず交響組曲を作ってそれから「2205」の制作に入らないか?っていう風に、その時に言われたんですよ。本当は2020年の6月に交響組曲を録る予定だったの。そしたら、2月以降のコロナのことで全部の予定が流れたわけです。あるいは、移動になったわけですね。

そうなると録音は一切出来ないじゃないですか、仕事と言う仕事が出来ないわけ。で、たまたま僕は大きな舞台の、例えば2021年にやるミュージカルの作曲とか、そういう仕事が全部一段落着いたところだったんです。2020年を目指して、その2月に僕は日生劇場で『天保十二年のシェイクスピア』って作品をやったので、その後にこれが来たわけよ。だから、依頼されている大きな書きものは何もなかった。ってことは、自分が書きたいものを書くしかないわけ。時間はあるわけだから、書くしかないよね。

マネージャーに電話したりして、「皆、どうしてんだろう?」って言ったら「作品とか書くしかないよね、今は」って。それで、これは書けということなんだろうなってことで、自問自答して書こうと意を決して、「2202」の全七章を最初から見直すところから始まった。100日、録音は除いて本当綺麗に100日かかってそれだけをやりました。

―― 意外と集中してそのお仕事が出来た感じですか?

宮川彬良
コロナがなかったらこの作品は出来てないよね。全く別のものになってると思いますよ。

―― 歌の楽曲を作ったり劇伴もそうですけど、どちらかというと短めな作曲と、今回の交響組曲では楽章は分かれてますけどトータル50分ぐらいの曲を作るっていうのはやっぱり違うお仕事なんですか?

宮川彬良氏,交響組曲 宇宙戦艦ヤマト2202,画像,「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

宮川彬良
僕は違うと思いますね。っていうか、まず誰にでも出来る仕事じゃないですよね。大きいものを作った人は小さいものも作れそうな気はするけど、小さいものしか作ったことがない人は、やっぱ大きなものっていうと、中々なす術がないといったことになると思います。
エッセイしか書いたことがない人が小説を書くようなものではないでしょうか。やる手順は全然違いますよね。断片的に聞こえてくる音を一つの作品として、まず図面みたいものを描くような感覚から始まります。

最初、そういった全体的な道標みたいなこと、どこに行くの?みたいなことをザックリと考えながら、思い浮かんでくる断片を大事に大事に育てながら、植木に水をやりながらちょっとずつ伸ばして“これはこう繋がるよな、最初に思ってたのと違うか、それじゃ計画をこっちに変えよう”とパズルみたいになったり。

とりあえず音源は頭の中に入ってるから、この順番でこうかなって。でも、最初から聴いてみようと思っても50分かかるわけだから、なかなかコツがいると思うんだけど。

そういうことを統合して、これならいけそうだってなって、せめてここまでは行けるなってところまで書き始めて。そして、それはまだスケッチにしておいて、こう終わるとこのキーで終わったから、このキーで始まるだろうって。要は繋がりの妙なんです。

1曲の中にもいろんな要素があるけど、繋がり方が凄く重要なんですよね。ミュージカルとかオペラ作ってる時と似てますね。

―― 小説と仰られましたが、物語を作ってる感じなんですね?

宮川彬良
それは誤解があると思うけど。物語に沿った音楽を作ってるわけではない。音楽そのものが物語るんだよね。その順番とか、本当にキーとかそういうものは凄く重要で、すんなりと次に行けるか、次の話を聞きたいか?これは、音楽の中の物語です。オペラが近いですね。劇伴とオペラはまるで違うじゃないですか。

―― 劇伴はよく映画音楽と言われて、映像に合わせたりします。けれども、今回の交響組曲は特にそうですが、音楽だけがメインで全部じゃないですか?そこのインパクトの違いというか、聴かせ方の違いもあると思うんですけど、そういう意味でのアレンジだったり工夫もあるわけですよね。

宮川彬良
あとは父の作った最初の交響組曲が、どうやって作ったのかな?って改めて勉強するところはありましたね。父も、ヤンチャにいろんなことやってるんですよ。

演歌で泣きのギターを弾く木村好夫さんが劇伴ってあり得ないじゃないですか。美空ひばりの相棒ですよ。その人がメロディーだけ弾いてるとか。それから「真赤なスカーフ」がサンバになっちゃうとか。劇中にはなかった曲が出てくるとか。そういうことはかなり自由にやってたわけですよ。でも、それなのにB面の「イスカンダル」って曲になると涙が出てくるんだよね。やっと(イスカンダルに)着いたんだって。おかしいよね(笑)。だって、順番通りじゃないんだよ。演歌の渋いギターがあったり、サンバ聴いたりしてたのに、B面の3曲目かな「イスカンダル」にくると、着いたんだねって。成し遂げたんじゃないかって。達成感とはこのことかって。そこからまたランブルが始まるわけ。敵も許してくれないんだな、ってのがあったりして。それは26話の劇とはまた違って、脳内再生されるドラマが音楽ってのはあって、音楽の時間で進んでいく。僅か40分なんだけど、あの時は全話通して観たような感じがしたんだよね。

―― じゃ、今回も。

宮川彬良
まさに、その交響組曲というものでしか表現出来ない何かがあるはずだってことが、僕のチャレンジであり、それは、父や西﨑義展さんたちに対する敬意というか、これはあなたたちが作った文化ですよねって。単に劇伴合わせただけで「交響組曲」って言ってしまうアルバムが多いことが、僕は嫌で嫌でしょうがなかった。そこにちょっと物申すというか、そういう意図もあったんです。

―― ところで、宮川さんが「宇宙戦艦ヤマト」の音楽にお仕事として初めて関われた時の楽曲、それとお父様と印象に残ってる当時のエピソードがあったら教えてください。

宮川彬良
本当に正直に言うと、浪人生の時なんですよね、高校卒業して。最初に仕事としてっていうのはパイプオルガンを弾いたのが先だけど、芸大の作曲科に2浪して二十歳(はたち)になった年に入ってるんで、作曲家としては19歳ですかね。その頃多分「永久に」の映画の時に「彬良書いてみるか?」って、そういう感じだったんですよね。浪人も2年ぐらいしてると親も可哀想に思うじゃない(笑)。修行してるわけだから可哀想ではないんだけど、ちょっと腕試しに書いてみるか?っていうニュアンスもあり。

あと、「ヤマト」は本当に大変だったのね。父だけが書いてたわけじゃなくて、手伝ってもらってた人が何人かいたわけ。その中の一人として、猫の手も借りたいっていう両方の意味があると思うんです。そこでタイトルは全然覚えてないけど、宇宙船から、多分ヤマトからなのかな?歩兵隊が星屑のように降って来る時の曲をまず書いてくれと。絵コンテみたいの見せられて。

あと、どこかの戦闘シーンで「これやってみる?」みたいな感じで1曲頼まれたんですよね。2分ぐらいの曲で「メロディーはこれね」って言ってモチーフを。まさに芸大の入試と同じ方法なんです。モチーフを渡されて「9時間やるからお前これで曲書け」って。

“さすがお父さん!いいメロディーだね”と思いながらそれをやって、4、5日缶詰になって。お父さんの仕事部屋があるんだけど、机やグランドピアノ、応接セットがあって、その反対側の方に小さなキーボードがあって。それでヘッドホンしながら「さっきの絵もう一回見せて」って言いながらやって「どうだ?」ってたまに声かけてくれて。

そんな感じだったんだけど、その後は録音じゃないですか。おっかなくって、とてもじゃないけど行けなかった。どんな音になるか?一番興味があるのと同時に心臓が壊れそうに緊張しちゃって。「とんでもない、俺は行けないよ」って言って。お父さんは「ああ、そうか」って、でも「来ないの?」って。そうだろうなって、思ってくれてたのかなぁ。

それで、(お父さんとは)一緒に住んでなかったもんだから、次に会う時までド緊張して「どうだった?」ってちょっと素知らぬフリして聞いたりして(笑)。「いやー、西﨑さん椅子から転げ落ちたぞ」って。「本当に先生が書いたのか?」「いや、これ実は彬良が書いたんだ」って言ってね。全然、私の音と違ったんです。

それで、そのカセットテープを僕にくれて。僕が思っっていたものと若干違うような感じで曲が入ってるんだけど、「この部分はいいな」とか「ここ、音、間違ってた」とか、ド緊張しながら聴いて。

泰さんはハッキリ言わないけど、割とコミュニケーションが上手い人だったんだよね。だから「ここの音なんか俺には全然書けないよ」とか上手に褒めてくれるわけ。結局その曲はボツになって予定のところで使われなかったんだけど、上手に褒めてくれたりして、チャンスを与えてくれたわけです。

ところがそのテープが、また違う本編で使われたりするわけ。だから“何やってんだろう?”って思ったんだけどね。「言ってくれよ、直したいよ」みたいなこともあったけど、笑い話半分、武勇伝半分ですね。

―― お父様とのやりとりが目に浮かぶようです、ありがとうございます。

宮川彬良
昨日のことのようです。

―― なぜ「宇宙戦艦ヤマト」の世界観と音楽とがこれだけマッチするのか?何がポイントだったと思われますか?

「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

宮川彬良
そうですね。まさにあの絵があったからあの音楽があるような、あの音楽があるからあの絵があるような、その関係が対等な感じはありますよね。

やっぱりその2つを出会わせたプロデューサーの力って無視出来ないですよね。それがなければ何も始まっていないわけだから、まずそのことは申し上げたいですよね。この絵にこの人の音楽が合うはずだっていう、どういう順番で人が決まっているのかね?分からないけど。

その前の年(1973年4月〜9月放送)に「ワンサくん」ってアニメを作ってるんだよね。西﨑義展さんと宮川泰さん。それは、三和銀行のキャラクターになった犬のアニメなのね。でも、あまりうまくいかなかったみたい(笑)。

前の年にそれを作ってるけど、テーマ曲はディキシーランド・ジャズなわけですよ。犬と猫の戦争の話なんだけど、戦争っていうか、町内会の猫とやり合う話なんだよね、大まかに言うと。でも、物凄く奇抜な演出が施されていて、それもやっぱり26話で終わるんだけど(笑)、凄い意欲的な作品だったの。

言ったら、ディキシーランド・ジャズみたいなのを宮川泰が得意だってことを西﨑さんは見抜いてたわけじゃない?そういう音楽にしてくれって言ったかどうかは別にして、この作品に相応しいって。でも、並みのプロデューサーだったら、それ(ディキシーランド・ジャズ)が得意な人に「宇宙戦艦ヤマト」の音楽をって頼まないでしょ?僕なんか(NHK連続テレビ小説の)「ひよっこ」が評価されて「音楽が素晴らしかった!」って言われて、その後、みんな僕に頼むかな?と思ったら誰も頼まないわけ(笑)。

みんな僕はああいう昭和の音を描く人だと思ってるわけ。もちろん僕は機械を使ってないから昭和の音にはなるのかもしれないけど、それこそ時代劇だとか、戦隊モノだとか、“全然違う分野の音をこの人はこう描くはずだ”っていう、本質的なところを捉えてないんだよね。だけど、あの頃のプロデューサーは、本質的な眼鏡を、千里眼を持っていた。あるいは聴くことに長けてた。価値観が本質的だったんだよね。

―― 見るものと聴くものとの出会いみたいなものをちゃんと分かっていて、合うはずだと、この人は作れるはずだと、そういうことですね?

宮川彬良
思いついたり、啓示を受けたりすることはあるんだけど、その裏付けみたいなものがきっとどこか手応えとして常にあったと思う。それがまず大きい。

で、余談かもしれないけど、宮川泰の音楽がなぜそんなに「宇宙戦艦ヤマト」とマッチしているのかっていうことに関して言うと、宮川泰本人は気が付いてないけど「宇宙戦艦ヤマト」を待ってたんですよ!

オカルトみたいな話だけど(笑)、彼の小学校の時の趣味は、戦艦大和の細密画を描くことだったんですよ。北海道に住んでた頃、戦前戦中ですよ。実は、宮川泰は音楽家になる前に画家だったのね。美大でデッサンを勉強していたの。アコーディオンやピアノも好きで弾けたので、美大時代にジャズバンドに誘われて、ご縁があってコンバートしたと。

それは彼の歴史を紐解けば書いてあるんですよ。彼の趣味は戦艦大和の鉛筆図だったんだ。凄い話だからね、これ!そこが重要なんじゃん!!って。デッサンの学校行ってたから、絵を描かすと本当に上手かった。油じゃないですよ、色彩じゃなくて、線が上手かったていうか、線に異様な興味を持つ人だったの。僕のスケッチブックに「ちょっと貸してみろ」って言って、植物なんか描くと、何じゃこりゃっ!?ていうぐらい見事な。

それがなかったら、あるいは違う作曲家の人に頼んでもその趣味がなかったら。たまたまそういう話を西﨑さんとした可能性があるっていうぐらい重要なことじゃないですか?彼は戦艦大和の細部を知ってるわけです。一方で、戦争に対する絶対に嫌だっていう思いは本当に強かったですね。

―― 最後に、「宇宙戦艦ヤマト」の中で宮川さんの好きなシーンを教えて頂けますか?

宮川彬良
僕は皆が好きではないところをあえて言う体質なんです(笑)。僕が好きなのは、ヤマトの周りに岩がいっぱい、そう!アステロイド・ベルト!あれが大好きです!!

それと一番好きだったのは、宇宙にある瓦礫の中に機雷みたいなのが混ざってるのかな。これ以上進めないっていうので、ヤマトの乗組員がみんな宇宙服を着て降りてきて、宇宙に浮遊する障害物をみんなで手でどかすんですよ。それで「一本取られた」ってデスラーがね「人間って面白いもの考える生き物だ」って言うわけ。僕はそこが一番好き(笑)。

弱い者が知恵で強い者をねじ伏せていくというか、なるほど一本取られたっていうのがね。それが僕は、自分の性質上一番好き。いつも弱い者の味方でいたいと、そうじゃない瞬間が自分にもあるのを知ってるけど、でも、そう思いたいっていうのが僕の性分だから、そこが一番好きですね(笑)

「宇宙戦艦ヤマト」という時代 西暦2202年の選択

―― 貴重なお話、ありがとうございました!!

キャスト

真田志郎:大塚芳忠
クラウス・キーマン:神谷浩史
演説の声:スティーブ・W
ナレーション:沢城みゆき

【シリーズメインキャスト】
古代 進:小野大輔
森 雪:桑島法子
島 大介:鈴村健一
加藤三郎:細谷佳正
土方 竜:石塚運昇・楠見尚己
沖田十三:菅生隆之
アベルト・デスラー:山寺宏一
ズォーダー:手塚秀彰
サーベラー:甲斐田裕子
テレサ:神田沙也加

スタッフ

原作:西﨑義展/製作総指揮・著作総監修:西﨑彰司
構成・監修:福井晴敏/ディレクター:佐藤敦紀
脚本:皆川ゆか・福井晴敏/脚本協力:岡 秀樹
設定アドバイザー:玉盛順一朗/新作パート絵コンテ・作画:麻宮騎亜/演出:内沼菜摘/キャラクター作画監督:前田明寿/美術監督:野村正信・堀越由美/美術設定:青木 薫/色指定・検査:福谷直樹/撮影監督:青木 隆/CGディレクター:上地正祐
音楽:宮川彬良・宮川 泰/音響監督:吉田知弘/オリジナルサウンドエフェクト:柏原 満/音響効果:西村睦弘

アニメーション制作:studio MOTHER

公式twitter @new_yamato_2199
公式HP:yamato2202.net
©2012 宇宙戦艦ヤマト2199 製作委員会
©西﨑義展/宇宙戦艦ヤマト2202製作委員会

2021年6月11日(金)より
全国36館にて期間限定 劇場上映開始