映画『愛について語るときにイケダの語ること』
真野勝成さん&佐々木誠さん

軟骨四肢無形成症(通称コビト症)で身長が112センチだった故池田英彦(1974-2015)さん。大学卒業後、市役所に勤務し、社会人として日々を送っていましたが、39歳の誕生日直前でスキルス性胃がんのステージ4と診断されます。死を意識した池田さんは「今までやれなかったことをやりたい」と女性とのセックスをカメラに収める〝ハメ撮り″を開始。一方、20年来の友人である『相棒』などを手掛ける脚本家の真野勝成さんとの会話で、自分の死後、その映像を使った映画を公開することを思い付き、真野さんと共に映画製作を始めます。

愛について語るときにイケダの語ること,画像

「恋愛がわからない」と語る池田さんは、女優の毛利悟己さんを相手に「理想のデート」を決行します。映画を製作しながら、映画の中の人物を生きる池田さんは、虚構の彼女との関係を育む一方、風俗店でのセックスを繰り返しました。そして、2015年10月、池田さんに死が訪れ、映画はクランクアップ。

その後、2年間で撮影された60時間を超える素材を残された真野さんは、池田さんが亡くなる8ヶ月前に一緒に見に行った映画『マイノリティとセックスに関する、極私的映画』(15’)の監督である佐々木誠さんに編集を依頼します。そして、映画は2020年末に完成し、この度公開を迎えました。

今回は同作『愛について語るときにイケダの語ること』のプロデューサー・撮影・脚本を担当した真野勝成さんと、同じくプロデューサーであり、構成・編集を担当した佐々木誠さんに同作の製作経緯や映画に込めた思いなどについてお話を聞きました。

(文章・写真:熊野雅恵)

映画が好きだったイケダ

―― 池田さんとの映画製作の経緯についてお聞かせください。

真野勝成さん(以下、真野さん):そもそも池田は大学の同級生の高校時代の友達で、友達のライブを観に行って知り合って、すぐに意気投合しました。普通に市役所に勤めて、それ以降もずっと付き合いがあったのですが、ある日、スキルス性胃がんステージ4を宣告されたと連絡がありました。

もう長くは生きられないことは確実なので、この映画に収められている女性とのセックスはもちろん、バーベキュー、好きな映画を見ること、今までにしたかったこと、全部をやりたいと言って、本当に実行したんです。

そして、宣告から3ヶ月程した時に、2人の会話の中で自然と「映画を作る」ことが決まりました。池田はぬるい映画が嫌いだったので、「問題作になる」という予感はしていました。

死の数日前までカメラを回しましたが、本人の遺言は一切ありませんでした。でも、映画についてはきちんと言い残しているんです。今、振り返ってみると、死を迎えた池田にとってこの映画は大きな存在だったと感じています。

―― 池田さんはどんな映画が好きだったのでしょうか。

真野さん:ワン・ビン監督の『収容病棟』(13’)や俳優のマシュー・マコノヒー出演のマルク・バレ監督『ダラス・バイヤーズクラブ』(13’)やジェフ・ニコルズ監督『マッド』(12’)、ろうあの人たちが主人公のミロスラブ・スラボシュピツキー監督『ザ・トライブ』(14’)が好きでしたね。全部尖った映画です。

池田は映画の趣味はもちろん、オシャレでセンスのいい奴だったので、製作する映画もカッコよくしようと思っていました。

愛について悩んで

―― 〝ハメ撮り″のシーン以外にも、「理想のデート」のシーンもあり、池田さんが心情を吐露する場面もあり、映画として見応えがありましたが、構成はどのようにして考えたのでしょうか。

真野さん:性交渉のシーンは必ず使って欲しいと言っていたのですが、それだけではもちろん、映画になりません。なので、僕がカメラを回しながらインタビューをして、池田の心情を引き出したりしていました。

バラエティ番組のノリで「理想のデート」というのを設定すれば、綺麗な女優さんともデートできると思ったんですね。もちろん、映画製作者としてそのシーンを映画に使いたいと考えていましたが、池田は友人でもあるので、今までしたことがない、いい思いをさせてあげたいと考えた時に思い付きました。

それが、やがて池田の「純愛物語」のようになっていったのは、意外な展開でしたが、その展開を引き出せる設定にしたのは、映画としては成功だったんじゃないかと思います。

もちろん、池田は恋愛経験があって、同棲や別れを経験しているのですが、「愛がよくわからない」と言っていました。池田はその「恋愛のわからなさ」と「障害」が関係あると思っていたようですが、それは関係ないですよね。みんな愛はよくわからないし悩んでいる。でも、池田は「自分の知り得ないすごい愛の世界がある」と幻想を抱いていたのかもしれない。

愛について語るときにイケダの語ること

真野勝成さん

―― 池田さんは発症してから2年で亡くなられたとのことでした。

真野さん:最初の1年は出掛けたりもしていましたが、最後の1年は、外出は難しくなりました。死を意識していながら、「ここから盛り返すぞ」と言っていましたが、最後の方は混沌としたまま亡くなった感じですね。でも、死の直前まで冗談を言っていました。

「善人」イメージへの抵抗

―― 性交渉のシーンは自分だけで楽しむこともできたはずなので、敢えて映画にしたいと考えたのは、「障害者は聖なるもの」ということに対する抵抗があったのではないかと思うのですが、その点についてはどのように感じましたか。

真野さん:池田は頭も人柄も良かったので、職場でも人気がありました。葬式にもたくさん人が来ていて、その時に改めて彼の人望の厚さを感じましたね。

ただ、一方で「無害でかわいい池田」として扱われていることに対する少なからぬ反発はあったと思います。それから「こういうことは言っちゃいけないんじゃないか」というようなある意味忖度の姿勢に対してもですね。すべて周囲の方々の気遣いなので仕方のないことですし、池田も周りの人が大好きだったので本人も受け入れていたのですが、悩ましい思いは抱えていたと思います。

それで、自分が亡くなる時にそのイメージを打ち破る何かを「残しておきたい」という意地みたいなものがあったのではないかと。

―― 佐々木さんは池田さんがお亡くなりになった後、客観的に素材の映像を見たと思うのですが、どのように感じましたか。

佐々木誠さん(以下、佐々木さん):池田さんとは『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』の上映時に一度会っています。残された素材を見ていて、身長が低いので「かわいい」という印象を周囲が勝手に受け取り、本人もそのイメージに従って振る舞っていたことに対して、ずっと引っかかっていたんだな、と感じました。

死ぬ間際になって、そういう振る舞いをする必要はなくなったので「周囲のイメージではない自分をみんなに伝えたい」という気持ちが強くなったのではないかと。

それで、言わば「本当の自分」、それは「性愛が好きな自分」とも言えますが、それを晒すために、映画を撮り始める中で無意識で「愛」について語り始めるんですね。それを見て僕は、やはり人は人との関わりなしに存在し得ない生き物なんだと改めて思いました。

僕が真野さんからその映像の話を聞いて勝手に思っていたのは、主に性交渉の素材だけだったのですが、蓋を開けてみたらそうではなかった。自分が編集したら絶対面白くなるという自信がありました。池田さんが伝えたかったことを自分なら最大限に引き出せるのではないかと。

池田さんは学年が1つ上で年代が近く、また、映画の趣味も近い人だったので、生きていたら仲良くなっただろうと感じたこともあります。

愛について語るときにイケダの語ること

佐々木誠さん

人間の多面性を描く

―― この映画製作で障害に対するイメージは変化しましたか。

真野さん:池田が「結婚したい」と言い出したので、二人で障害を持っている人たちのお見合いパーティーにも行ったのですが、「障害」の種類も度合いも人それぞれです。「障害者」とは一括りに言いますが、やはり、これだけいろんな人たちがいるんだと。

また、映画製作を終えた後も、池田のことはずっと友達で良く知っていた人間だったので、障害に対するイメージの変化はありませんでした。障害云々というよりはやはり「池田の話を撮った」という感じです。そして、池田の様々な面を引き出せたのではないかと。

映画を作るからには「かわいい人」「いい人」以外の池田を知って欲しかった。今回の映画は池田の性愛や恋愛、人生に対しての悩み、様々な面を引き出せたような気がしています。

僕はテレビシリーズの『相棒』などの脚本も書いていますが、人間の種類があるように、人の気持ちも色々ですよね。

例えばクソみたいな奴が一瞬だけすごく優しくなったりする。喜怒哀楽の感情だけでなく、
その間にある境界線を描いていきたいという気持ちがあるのですが、今回の映画はまさにそういうことを実現できたような気がしています。

―― 性交渉のシーンでの風俗嬢の女性達とのコミュニケーションが印象に残っています。

真野さん:カッコつけてアニキっぽいキャラになってますよね。「お金が介在すると強気になれる」と言ってました。

最初はハードルが高いというか、来店時にお店の人たちが「ちょっと確認します」と言って、後ろの方へ言って何か話していると不安になるんですね。お店側での協議の結果、自分は拒否されてしまうのではないかとか。

自分が拒否されるかもしれないという恐怖があったので、池田は同じ女性を指名することはありませんでした。

過去作と通底するもの

―― 佐々木さんは編集作業の中でどのようなことを感じましたか。

佐々木さん:かつて『マイノリティとセックスに関する、2,3の事例』(07’)や池田さんも見に来てくれた『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』という作品を監督したのですが、劇中で登場人物のアルトログリポージス(先天性多発性関節拘縮症)を抱えた門間さんは、車椅子でわざわざ入ってはいけない敷地に入って、ガードマンと喧嘩したりします。

それは、「障害者は良い人」という勝手なイメージを付けられていることに対しての抵抗と僕は理解していました。そして、今回の池田さんも死を前にしてその勝手なイメージに対しての憤りを爆発させたという気もしています。

ただ、そのことを言語化して文章で伝えることは難しい。今回、映画にして「当事者でしか感じられない何か」を物語として伝えられたのは良かったと思います。

―― 池田さんにそのストレスを抱えた仲間を代弁しようという気持ちはあったと思いますか。

佐々木さん:池田さんはいわゆる活動家タイプではないので、映画を作って「みんなの気持ちを代弁する」ということは考えてなかったとは思います。ですが、この映画を作っていく過程で、もしかしたらそういう思いは湧き上がったかもしれません。

「本当の」多様性の実現とは

―― ダイバーシティが浸透しにくい社会と言われていますが、この作品の製作を通して感じたことはありますか。

真野さん:日本だけではなく「多様性」が浸透しやすい社会など存在しないという気がします。アメリカのように様々な人種のいる国でこそ、それが問題になっていたりしますし。

「人はそれぞれ違う」ということを前提にすると、それぞれが「同じ」という意味での平等はあり得ません。当たり前のことだし、なので本当は主張する必要もないことです。池田と僕は違うし、他の人も違う。世界は差別的で、それが真実だと思います。

この映画は障害を持っている人を不必要に持ち上げるようなものではありません。「池田という人間がいた」ということしか物語っていない。その中で人が亡くなる前に考えることや恋愛について考えることが映し出されています。そして、そこにはカテゴライズやイデオロギーとは関係のない人間の豊かさが感じられると思います。

映画には「こういう人間が生きていた」という真実だけしかない。わざわざ「多様性が大事だ」というようなことをわざわざスローガンとして掲げる必要もないですし。「人間は一人一人違う」ということしか言えないです。

ちなみに、脚本を書く時も「イデオロギーの代弁者」のような人物は書かないことを意識しています。またもしそれを書くことになった場合には「なぜその言葉を言うのか」というバックボーンも描くことにしています。そうでないと、言葉だけが独り歩きしてしまうのではないかと。

―― そのことをふまえると、真野さんにとって今回の映画製作はどのようなものでしたか。

真野さん:池田とは長年の友人だったので「きれいごと」を排除した会話をするのがお互い好きでしたね。もちろん、「差別」について話したこともありました。

例えば、「老化」と「劣化」という言葉がありますが、老いたら外見が衰えて来るのは当たり前です。にもかかわらず「劣る」という言葉は使ってはいけないという過剰忖度にも似たムードがある。でもそれは「若いことが良きもの」ということを強制していることの裏返しで、劣化したものに「劣化」という言葉を使ってはいけないのかということを彼と話していました。それは池田に「小さい」と言ってはいけないということにつながるからです。

そして、今回はそのことを疑問に思う気持ちを映画で表現できたような気がします。池田の生き方をスクリーンに映したことは「自分はこう生きた」ということの一例にしか過ぎない。

でも、そこにはもちろん彼の容姿がガンに蝕まれて衰えていく様子も映っています。それも含めて人間だと。池田は身をもってそれを示したし、自分は映画で池田の気持ちの表出を助けたという気がしています。

「障害者」にもいろんな人がいる

―― 佐々木さんは今までも障害者が登場する映画を多数撮って来ました。

佐々木さん:当然ですが、「障害者」とカテゴライズされる人たちの中には様々な考えの人がいます。

『マイノリティとセックスに関する、2,3の事例』や『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』では門間さんという改造車椅子に乗ったアグレッシブな重度障害者の男性を、『インナーヴィジョン』(13‘)『ナイトクルージング』(19’)では、生まれながらに全盲でありながら映画を作ろうとする加藤さんという男性を描きました。そして今回は、自身の不特定多数の女性との性交渉の映像を使って、映画を作ること決めたいわゆる小人症の池田さんです。彼らのように「障害者」というイメージやカテゴライズについて、個人として何かを発信したい、挑戦したいと思う人もいます。

その一方で、そういうことを否定する弱者としての自分を認識し、そのこと自体を伝えたい障害を持っている方もいると思います。
もちろん、そういう意見もあって当然だし、尊重されるべきですよね。

多くの人が勝手に他者をカテゴライズするのではなく「障害を持った人にも様々な考えの人たちがいる」という当たり前のことを意識すればいいだけかな、と思います。

―― テレビのドキュメンタリーで「障害があってもここまでできる」というような過剰演出の番組は違和感を覚えます。

佐々木さん:確かに、そういう傾向はありますね。やはり「個人として」向き合うべきなのではないかと。

今、障害を持っている人たちは様々な文脈でメディアにも登場しています。多くはアートや批評の場で、過度に社会学的な、抽象度の高い存在として扱われていますが、それは一部のインテリ層の「意見交換」で終わっている印象もあります。

一方、関心の低い人はテレビ番組などで「感動もの」として、もしくは「バリバラ」のような笑いを交えて伝えるものとして受け取ることが多い。

状況は二極化していると思いますが、僕はそれらとは違う角度で「個人」を描いて残していきたいと思っています。

ありのままのイケダを見て欲しい

―― 今回の映画は「死を迎える40歳前後の中年男性の等身大の気持ち」が描かれていました。

佐々木さん:今回の映画を見て、障害を抱えて生きてきた「個人」の想い、その一例を知ってもらえたら嬉しいです。僕らと池田さんの違いは「生き方」の差異であって、「障害の有無」ではないです。もちろん障害があることで、池田さんの生き方が変わったというのはあるとは思いますが。

本作は、池田さん自身が自身の性交渉の映像を「映画にしたい」というのがそもそもの企画の始まりです。僕自身はこれまで障害を持った方の性を何作か制作してきましたが、セックスシーンは撮っていませんでした。そのものを描くことが問題の本質を浮き彫りにするとは思えなかったからです。

でも、今回は池田さん自身がそれを望んで自分で撮っていました。その素材を僕は真野さんから託され、彼のその想いを紡ごうとすると必然的にそのシーンを使うことになる。そうして出来上がったものは、映画としても面白いし、問題の本質にも迫っている。

真野さん:そういう意味では池田は確信犯だったと思います。自分が死んだ後、絶対面白い映画になるぞ、と。映画に対する思い入れは人一倍でした。

佐々木さん:完成した映画の上映イベントはアップリンク渋谷で行われましたが、彼自身がアップリンク渋谷のファンでした。そして、今回、アップリンク吉祥寺でロードショー公開するというのは幸運な人ですよね。

その奇跡は池田さん自身が行動することによって生み出されていますが、とても稀有な魅力がある人だったのではないかと。

残された映像からは「ただ自分の姿を撮る」のではなく「映画で残す」という池田さんの強い意思、最後までその執念を感じました。それが実を結んで今回の公開に至ったと思っています。ぜひ、劇場で多くの人たちに見てもらいたいですね。

『愛について語るときにイケダの語ること』予告動画

公式HP
ikedakataru.movie

キャスト

池田英彦
毛利悟巳

企画・監督・撮影:池田英彦
プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成
共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠
2020年/58分/DCP/16:9
配給・宣伝:ブライトホース・フィルム
© 2021 愛について語る時にイケダが語ること

2021年6月25日(金)よりアップリンク吉祥寺にて
最初で最後のロードショー!

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