瀬戸内海放送制作ドキュメンタリー映画第 2 弾『カウラは忘れない』が、瀬戸内海放送の地元岡山と香川での先行公開につづいて、8 月 7 日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開いたします。この度、映画作家想田和弘、『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった』の脚本を書いた中園ミホ、オーストラリアで制作された戦争ドラマ『カウラ大脱走』に出演した石田純一、『カウラの突撃ラッパ』の著者中野不二男など、12 名のコメントが到着いたしました。近代戦史上最大ともいわれる捕虜集団脱走“カウラ事件”。生存者が語る事件の真実と願いが、今の時代を生きる我々に問いかけるものは何なのか。知られざる戦争の歴史をひも解くドキュメンタリーです。

コメント(五十音順)

石田純一(俳優)

※オーストラリア制作『カウラ大脱走』原題 COWRA BREAKOUT(1986)出演 人の生まれ方は皆同じだけど、死に方は様々だ。世間の風向きや同調圧力に屈せず、 信念を持って価値ある人生を創る。
それこそが尊厳ある最期をもたらせてくれると、この映画は語っている。

クリス・グレン(ラジオ DJ)

カウラでの出来事をどれだけの日本人が知っているのだろう。
この映画を通して、今を生きる僕らに届けられるメッセージは、限りなく奥が深い。

佐藤学(教育研究者)

捕虜になって自由の楽園を経験し、そこからの脱走によって集団自殺へ突進した日本兵たち。
このドキュメンタリーは新しい視点で、日本人にとって戦争は何だったのかの問いを突きつけている。

ジャン ユンカーマン(ドキュメンタリー監督)

国家が戦争を起こす。しかし、肉体・精神的な負担は国民一人一人が負わされる。その負担の重さが究極の形を取ったのがカウラ事件だった。人はなぜ死を選ぶのか。生き残ったときに、どうやってその複雑な内面的な葛藤と向き合うのか。かつて「敵」だった国々の市民があの戦争の悲劇を考え、2度と起こらないことを願う。戦争の記憶が風化していく中で、次世代に残すべき貴重な記録です。

シライケイタ(劇作家・演出家・俳優)

カウラの丘に眠る戦友に語りかける老人の声は、人が人を思う気持ちの尊さに満ちていて、胸が抉られる。「生きて虜囚の辱めを受けず」という東条英機の言葉の呪いがこの人たちの人生を変えた。この言葉を激しく憎む、俺は。

想田和弘(映画作家)

当事者による貴重な証言をギリギリのタイミングで記録した貴重な作品だ。
ベテラン・ドキュメンタリストの円熟した静かな手つきによる映像が、水のように心に染み入る。

武田砂鉄(ライター)

あの人もやっているから、自分もやる。
みんなそうしていたから、自分もそうした。
過去を問いながら、この国の根っこを問う映画でもある。

中園ミホ(脚本家)

※『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった』脚本
私の大叔父はカウラの暴動で六発の銃弾を浴び、奇跡的に生き残りました。大学生の時、大叔父に連れて行ってもらったカウラで、私は初めてその暴動の話を聞きました。戦後何十年たっても、大叔父は自分が捕虜になったことを家族にすら言えなかったのです。
「もし、神様が本当にいるなら、空の上から僕らを見て、そんなバカなことをするのはやめなさいと叱りつけてくれないかと……」
カウラ事件をドラマ化する時、脚本を書く私に、大叔父がぽつりと呟いた言葉です。
この度、日本人の監督たちの手でドキュメンタリー映画が制作されたことは、とても意味のあることだと思います。令和の人たちに何かメッセージを残してくれることでしょう。「死ぬための脱走」をなぜ彼らはしなければならなかったのか?彼らの青春、友情、そして生命の重さが伝わる作品です。
中野不二男(工学博士・科学技術ジャーナリスト)

※『カウラの突撃ラッパ』(文春文庫)著者

「カウラの突撃ラッパ」が某文学賞を受賞したとき、選考委員の1人が、「(中野は)南忠男の『His Story』を描くことで、『History』をあぶり出した」と表現していました。
ドキュメンタリー「カウラは忘れない」は、これまでになかった視点で、「未来への History」を描くことに踏み出したのではないでしょうか。

安田菜津紀(NPO 法人 Dialogue for People/フォトジャーナリスト)

あの戦争を「知ったつもり」になってはいけない…初めて目にする史実ばかりだった。そして、死へと突き進んだ捕虜たちの姿は、「過去の遠い話」とも思えなかった。

山川冬樹(現代美術家/ホーメイ歌手)

虚飾を排した映像と、静かに語られる言葉たち。それらが丁寧に繋ぎあわされながら、長らく覆い隠されてきたカウラ事件の記憶がサルベージされていく 96 分。この映画を観るということは、歴史に埋もれてきた注目すべき人々の姿に目を凝らし、その声に耳を澄ますこと。そして今もこの国に通底する問題について思惟を巡らせること。戦後に生きる者の一人として、お爺ちゃんたちが事件を、そしてその後の人生を生き延び、天寿を全うしてくれたことに、心からありがとうと言いたいです。

山崎雅弘(戦史研究家)

昭和の大日本帝国が、自国民にかけた「捕虜となって生き延びるのは恥」という呪い。それは、補給を断たれた兵士や捕虜となった兵士から命を奪い、生還者に罪悪感の十字架を背負わせた。だが、本当の罪人は誰なのか。

作品概要

太平洋戦争中の 1944 年 8 月、オーストラリア東部の田舎町カウラにあった第十二捕虜収容所で近代戦史上最大 1104 人に及ぶ集団捕虜脱走事件が起こった。正確に言えばそれは脱走ではなく「死ぬため」だった。“このまま生きて祖国には帰れない――”
当時の日本軍人、そして民間人の精神をも支配していた「戦陣訓」に象徴される「捕虜を恥」とする教義がその背景にはあったとされる。一方で収容所で手厚い保護を受けた生活をおくる捕虜たちの間には、生きることへの執着が確実に芽生えていった。“生きたい、生きて帰りたい”事件の生存者は当時の正直な心情を吐露する。だが、捕虜たちの生きることへの願いは「貴様らそれでも帝国軍か!」のひと言でかき消されてしまった。
同じ状況に置かれたとき、私たちは大きな声に、まわりの圧力にあらがうことができるだろうか?生存者たちに今なお残る悔恨、その思いを受け止めようとする若者や演劇人、事件を教訓に和解への道を歩んできたカウラの人々―。 “カウラ事件”の深層がコロナの時代を生きる私たちに問いかけるものとは何なのか。知られざる戦争の歴史をひも解くドキュメンタリー。

監督

満田康弘

作品情報

製作 瀬戸内海放送
配給:太秦
【2021/日本/DCP/カラー/96分】
公式HP:cowra-wasurenai.com
公式サイト: twitter:@cowra_wasurenai

©瀬戸内海放送

2021年8月7日(土)ポレポレ東中野、
東京都写真美術館ホール、ほか全国順次公開