感嘆・賛同のコメント続々到着!公開初日11月6日(土)に決定!

自身が韓国参戦軍人の孫であるイギル・ボラ監督(『きらめく拍手の音』)が、ベトナム戦争時の韓国軍によるベトナム民間人虐殺について、自国の戦争加害の真実に迫った最新ドキュメンタリー映画『記憶の戦争』の公開日が11月6日(土)に決定しました。

また、公開前から、瀬尾夏美さん、佐々木美佳監督、ほか総勢11名から本作品へ感嘆・賛同のコメントが続々到着しております。

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振り絞るように語られた彼女たちの声に、耳を傾けなくてはならない。
そしてその声を聞いた者たちは、自らに問いかけなければならない。
彼女たちが見たものと、負った傷と、自分は無関係であるのかということを。
「若い世代は何も知らない」ーーそれでいいとは到底思えないのだ。
人間として。

瀬尾夏美(画家、作家/映画『二重のまち/交代地のうたを編む』)

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オセロの白と黒のように、私たちは加害者にも被害者にもなり得る。映画が記憶したのは韓国軍によるベトナム民間人への虐殺の歴史だ。しかし、時折漏れ聞こえる「日本」という単語に、日本人である私も、アジアの歴史の紛れもない当事者であるとハッとした。
これから私たちは、何を記憶し、隣り合う人々とどう対峙していけばいいのだろう。本作品が日本で上映されることの意味を、私は一観客として、皆と語り合いたいと思った。

佐々木美佳(映画監督/『タゴール・ソングス』)

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監督を含め、若い世代の韓国人たちが負の記憶に正面から向き合い、未来につないでいこうとしていることに感動しました。ベトナムにおいても、国家に貢献した兵士らと違い、虐殺の憂き目に遭った民間人には、補償はありません。それらの最も弱い立場の人たちに寄り添おうとする姿勢に学びたいと思います。

伊藤正子(ベトナム研究者/『戦争記憶の政治学−韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道』著者)

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ベトナム戦争の数多くある痛ましい民間人虐殺事件の一つを丹念に取り上げた貴重なドキュメンタリー。この映画では、日常生活のなかでのベトナム人当事者の証言と祈りの姿が粛々と重ねて描かれているのが印象的。ベトナム戦争における韓国軍の虐殺に対する立場・考え方は韓国でもベトナムでも多様であることをあらためて認識させられた。聴覚障がい者をオーラル・ヒストリーの語り手とする類まれな手法にも感嘆。

今井昭夫(東京外国語大学特任教授)

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どの国にも、歴史の汚点がある。
加害側に都合よく歪められた証言が、社会の無関心が、
それをなかったことにしようとする。
ベトナム戦争時、韓国は米国に参戦して派兵した。
映画に登場する、虐殺を否認する軍服姿の老人たちは、この国の合わせ鏡だ。
イギル・ボラ監督は、この絶望を、映像詩のように美しく見せる。
過去の出来事を、リアルに感じさせる。
同時に、今を生きるサバイバーの姿、彼女らに寄り添う加害国の人々、
美しいベトナムの風景や日常を通して、
月夜に咲く一輪の花を見た様な気にさせられる。

坂上香(映画監督/『プリズン・サークル』)

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韓国人であるイギル・ボラ監督がベトナム戦争で韓国兵に虐殺された民間人の生き残りを取材し、記録していく姿勢に圧倒されました。
記憶を証言する村人たちも、幼くして孤児となった女性、視力を失った者、言葉を話せない者と、これ以上はないほどの弱き者たちで、よくぞ彼らにたどり着き寄り添い、証言を引き出したことに深い敬意を表したいと思います。

平松恵美子(映画監督・脚本家/『あの日のオルガン』)

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ろうの両親をもつイギル・ボラ監督だからこそ、ベトナム戦争で韓国兵に虐殺された、ろうの民間人の声をすくいとることができた。監督が撮ろうとしなければ歴史の影に埋もれたであろう、その声。手と表情と筆談でつむがれる語りの一分一秒が、同じく手話を言語とする私にとってひどく貴重なもので、目を離すことができなかった。声をすくいあげてくれて、ありがとう。

齋藤陽道(写真家)

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全ての記憶を思慮深い視線で見つめたこの映画は、
恐ろしい記憶を抱えながらも穏やかなベトナムの姿を見せてくれる。
「記憶の戦争」は、つくられた事に感謝したい映画。

キム・ボラ(映画監督/『はちどり』)

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日本から差別、占領・統治されていた韓国。
その韓国軍兵士達が、ベトナムの村で虐殺を行った。
日本は、韓国を始めアジアを侵略したが、アメリカから原爆を落とされた。
加害と被害のアンビヴァレンツを併せ持つヒトという、厄介な生き物。
この超難問からは、誰も逃れることはできない!

原一男(映画監督)

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8歳の記憶、あなたは何を覚えているだろう。
お気に入りのワンピースを着て行ったディズニーランドで見たパレードの光、友達と蝉取りに夢中になっていたあの日。私の中にはその記憶が8歳当時のものだったのか不確かなままのものが浮かぶ。
しかし、タンおばさんの記憶は今でも鮮明だ。彼女はその記憶を1日も忘れたことはない。それは、彼女自身が生きる意味を問い続けてきた記憶だから。
生きてその記憶を伝えてくれたタンおばさんに感謝する。

伊藤詩織(映像ジャーナリスト)

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「自分たちに責任はない」「むしろ現地の発展のために貢献した」
…聞き覚えのある言葉ばかりが飛び交った。
暴力は地続きで、凄惨な虐殺も加害の否認も、日本軍の時代から連鎖しているのだろう。

安田菜津紀(NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)

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<作品概要>
2018年4月、とある市民平和法廷がソウルで開かれた。法廷に立つ1人のベトナム人女性、グエン・ティ・タン。彼女は、<フォンニィ・フォンニャットの虐殺>の生存者である。8歳の時に韓国軍に家族を殺され孤児となった彼女は、その記憶を思い出して、涙を浮かべる。
あの日、一体何が起こったのか…。
あの日の出来事を目撃したディン・コムは身振り手振りを交えて当時を再現する。あの日の後遺症で視力を失ったグエン・ラップはこれまで語ることのなかった記憶を絞り出すように語る。一方で、“参戦勇士”と称された韓国軍人たちは、「我々は、良民は殺していない」と主張する…。

2021年11月6日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開!