悲しみに暮れる中で「自分たちの今の姿を正直に描こう」と決意
野村展代監督インタビュー

10月16日から渋谷ユーロスペース他で『歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3.11をたずねて』が公開されます。

東日本大震災から10年が経ちましたが、今もなお、岩手県陸前高田市で、返事のこない手紙を受け取り続ける「漂流ポスト3.11」を訪れる人が後を絶ちません。

被災地でボランティアをしていた本作監督の野村展代さんは、大切な人を亡くし、悲しみを抱えた人々の〝心のよりどころ″として存在するこのポストを知り、取材を続けた後、野村さんの映画作りの師匠である佐々部清監督に相談すると共に監督を依頼。劇映画の製作に向けて走り出します。

ところが、資金調達等が難航し、一度企画の進行をストップ。そして、取材内容を生かしてドキュメンタリー映画として再出発した矢先、佐々部さんが急逝してしまいます。

野村さんは悲しみに暮れる中で「自分たちの今の姿を正直に描こう」と決意。そして、佐々部監督の盟友である俳優、升毅さんがこの企画に合流し、佐々部監督のご家族や俳優の伊嵜充則さん、三浦貴大さん、比嘉愛未さん、中村優一さんらに話を聞く形でこの映画は制作されました。

今回は本作の野村監督に作品製作の経緯や大切な人を亡くしたときの「悲しみ」との向き合い方、作品に対する思いなどを聞きました。

『歩きはじめる言葉たち漂流ポスト3.11をたずねて』野村展代監督

野村展代監督

(文章・写真:熊野雅恵)

仮設住宅のボランティアで感じたことは

―― 「漂流ポスト3.11」を知ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

野村展代監督(以下、野村):最初に漂流ポストのことを知ったのは、佐々部監督と一緒に作っていた『八重子のハミング』の宣伝中でした。この作品を取り上げて下さったNHKのドキュメンタリー番組が、その一週間前に漂流ポストを紹介していたんですね。

そこから自分で興味を持って漂流ポストについて調べるようになりました。2017年2月のことでした。

激務で体調を壊して映画制作を一時期辞めていた時に、ボディセラピーのサロンで働いたのですが、その時の経験を活かして、整体の先生やサロンの仲間と共にいわき市の仮設住宅に行ってマッサージのサポートのボランティアをしていました。

マッサージのボランティアをしながら、被災者の人たちの声を聞いたのですが、その言葉が自分の中に残っていたんです。そして、その頃は震災から6年あまりが経とうとしていましたが、その声を形にする試みはどのようなものなのか、自分で確かめてみたかったんですね。それで実際に漂流ポストに行ってみました。

―― 初めて漂流ポストを訪れた時の印象はどのようなものでしたか?

野村:鬱蒼とした森の中にひっそりとある不思議な場所でした。人が全く来ないような行き止まりの場所にあります。そこを目指している人でないとわからないところですね。

元々漂流ポストのある建物はオーナーの赤川勇治さんのセカンドハウス的なところと聞いています。以前はご近所の方々にコーヒーを振る舞い、赤川さんがDIY好きだったこともあり、ご自分でガーデンスペースにベンチなどを用意して「森の小舎(こや)」というカフェをされていたんです(*現在カフェ営業は終了し、手紙の閲覧スペースは継続)。

―― 震災後、すぐに営業を再開したのでしょうか。

野村:震災が起こった年の2011年の9月ぐらいから再開したようです。「再開して欲しい」というリクエストがあったんですね。

震災から8ヶ月ぐらい経って少しはライフラインの復旧は出来たものの、やはり途方もない復興作業は疲れるのでコーヒーを飲んでひとやすみできる場が欲しいと。

そして赤川さんは地元の方ではなかったので、話を聞いてもらいやすかったようです。地元の方同士だと事情がわかってしまって話しづらいこともありますが、そういう気兼ねが要らなかったんですね。

形ある「手紙」で思いを伝える

―― どのようにしてご近所の方々の茶飲み場的なカフェが「漂流ポスト」につながったのでしょうか。

野村:最初は絵手紙サークルがきっかけだったようです。震災で経験した辛かったことや亡くなってしまった方への思いを話すのもいいけれど、手紙にするのもいいかもと、自然発生的に。文章を書くことで気持ちが和らぐことがあったみたいですね。

それを見ていた赤川さんが、さらに思いを遂げられる仕組みはないのかと言って考え出したのが、亡くなった方へ手紙を書いてポストに投函するという「漂流ポスト」でした。

ポストを設置の前から DIYで整えられた空間 が可愛いと新聞記者の人が取材に来ていましたが、徐々に漂流ポストの成り立ちなども取り上げられ、全国的に広がったようです。

最初は震災で大事な人を亡くされた方々が訪れていたのが、今は他のことで大事な人を亡くされた方々も訪れています。

漂流ポストに入れられた手紙は、陸前高田市にある慈恩寺というお寺で毎年供養をしてもらっています。

―― なぜ「漂流ポスト」は全国的な広がりを見せたのだと思いますか。

野村:自分の大切な人が亡くなったとき、物理的にはこの世に存在しないのですが、残された人たちの中では生き続けていると思うんです。

ところが、その思いは形がないのでいつまで経っても区切りが付かないと思うんですね。
そういう時に形ある「手紙」でメッセージを届けるということが、気持ちの整理になった部分があるのかもしれません。

悲しみの受け皿が必要なとき

―― 「悲しみを抱きしめたまま生きていく」「人は変わっても漂流ポストは変わらない」という言葉が印象的でしたが、被災地の仮設住宅でボランティアをするなかで、悲しみの受け皿となる場の重要性については感じましたか。

野村:仮設住宅に行ってボランティアをしていた時に聞いたのは、生活の補償のためのお金は十分に受け取っているけれども、できることならば「あの時間に戻りたい」という言葉でした。

出会った方々は「急に出ていきなさい」と言われて、身づくろいもままならないまま、仮設住宅で暮らしていました。飼っていた牛を置いてきたり、大切に育てていた綿をそのままにして出て来てしまったが、そのことがとても気がかりだと。

震災前は自宅での普通の生活を天国のようには感じなかったのでしょうが、やはり振り返ってみればとてもいいものだったと。「普通の暮らしができなくなった、普通の暮らしに戻りたい」という言葉を多くの方々から聞きました。

歩きはじめる言葉たち

陸前高田市風景

―― 東京から来た野村さんだからこそ、口にしやすい思いもあったのかもしれませんね。

野村:そうなんです。また、寒さに耐えながら厳しい環境で生きてきただけあって、東北のみなさんはとても我慢強いという印象を持ちました。

それに加えて、震災が起きてご家族を亡くされた方もたくさんいるので、「みんなが大変なのだから我慢しよう」という雰囲気が強くなって、普通の愚痴を言えなくなってしまったんですね。

マッサージを受けながら、私に思いを話して下さったのは、少しリラックスできて自分の思いを口にしやすかったのかもしれません。

その点、手紙は自分のペースで他の人たちに気兼ねなく自分の好きなことが書けます。それが良かったのではないかと思いますね。漂流ポストに手紙を投函した多くの方々の中には、どこかで「気持ちを外に吐き出したい」という思いがあったのではないでしょうか。

いわきの仮設住宅の時は、外から来た自分のようなボランティアが気持ちを吐き出してもらうことである意味受け皿になっていたと思いますが、陸前高田市では、漂流ポストが受け皿なのだと感じました。

悲しみが消えることはなくても

―― 佐々部監督の盟友であった俳優の升毅さんがドキュメンタリーのガイド役となり、
佐々部監督に近しい方や漂流ポストの関係者の方々に話を聞いています。

歩きはじめる言葉たち
野村:映画製作においては、佐々部さんが監督、升さんが表に立って演技する人で、今回の作品の共同監督でもある早坂伸さんが撮影担当だったのですが、升さんと早坂さんと私は佐々部組の同期なんですね。それで、升さんが聞き手、早坂さんが撮影で参加して頂き映画を作りました。

升さんは熱くて後輩の面倒見が良い人です。ところが、佐々部監督が2020年3月に突然亡くなった直後はそのことを受け入れられない様子でした。

コロナで葬儀にも参加できず、お別れ会もない。映画を撮影しようと決めたのは、2020年の5月で、撮影し始めたのは、緊急事態宣言が開けてからすぐの6月からですが、最初は
いろんな人の話を聞いて「うんうん」とうなずくだけの状態でした。

ところが徐々に、佐々部さんのご親族や若い俳優部の方々と話すうちに、升さんがサポート的な役割になっていきました。リーダー役の佐々部さんがいないので、年長の升さんがその役割に入らねばと感じたのかと思います。

歩きはじめる言葉たち

赤川氏と升毅

―― 最後に升さんも佐々部監督に手紙を書きますね。

野村:こちらの方で手紙を書く用意をして「書きますか?」と聞いたのですが、升さんは「書けないよ」と最初は言っていました。ところが、最後は書いたんですね。

―― 升さんの中でも気持ちに決着がついたのでしょうか。

野村:「決着」ということはなかったと感じています。悲しみを完全になくしたり、癒そうともしていなかったと思います。

ただ「今の自分ができることをやる」という気持ちを持たれたのではないでしょうか。

歩きはじめる言葉たち

神奈川県:佐々部家にて佐々部監督の写真に対峙する升毅

―― 佐々部監督の死はやはり一緒に映画製作を進めていた野村監督が一番ショックだったと思います。映画制作の過程で気持ちに変化はありましたか。

野村:辛いことの方が多かったですね。忘れる時間があって徐々にショックから立ち直っていくと思うのですが、この作品を作るということはある意味、佐々部監督と向き合い続けるということでした。悲しさの方が勝ってしまって、気が進まない時もありました。本当に悲しみと向き合うことは辛いことだと感じましたね。

最後の編集を終えてスタジオを出て駅に立っていた時に、佐々部監督のことを思い出しました。そこは『八重子のハミング』でもお世話になったスタジオだったんです。「4年前は佐々部監督と一緒に帰っていたのにな」とふと当時を思い出しました。

まさか自分で作った最初の作品が、亡くなった佐々部監督への思いを語るものになるなんて。今そういう映画を作っていると思った瞬間に涙が出てきました。

―― 震災の半年ほど前に激務でうつ状態になって映画の世界を離れていたとのことでしたが、震災は映画製作復帰へのきっかけとなったのでしょうか。

野村:確かに、映画製作を離れてはいましたが、どこかで「ものづくりがしたい」という気持ちはあって、完全にはその気持ちを忘れることはできなかったんだと思います。

その中で震災が起きました。そして、仮設住宅で普通の幸せが突然亡くなってしまった被災者の方々の声を聞いて「素朴な幸せのあり方」を描きたいと思ったんです。

佐々部さんの作風はまさにそういうものでした。そして、自分も近しい人たちの日常の愛の話を作りたくなっていました。それで佐々部さんにもそういう映画が作りたいと相談したんです。

漂流ポストに出会った時は、まさか佐々部監督が亡くなるとは思っていなかったのですが、普段の佐々部監督の作品よりもう少し先を見るというか、範囲を広げた愛情を描こうと思ったことがこの作品の企画につながりました。

歩きはじめる言葉たち,画像

山口県:スナックミエにて佐々部京子さんと升毅

―― 「歩きはじめる言葉たち」に込めた思いはどのようなものでしょうか。

野村:「言葉」にはいろんな形があると思うんです。ストレートに文字にする場合もあれば、例えば劇中に登場する「絵のお手紙」のような感じで伝える場合もある。

多くの人のさまざまな言葉の表現の仕方があるのですが、それぞれが発表した「言葉」が、それぞれに受け取られ、書いた人の手を離れて歩き始めることで、新しい何かが生まれるのではと。

―― 今後取り組みたい作品のテーマについてお聞かせください。

野村:やはり今回のように「人の思い」を中心に据えた作品を撮っていきたいです。佐々部監督がよく言っていたのは、「映画は見なくても生きていけるけれども見た方が少しだけ豊かになれる。映画館を出た時に明日もがんばろうと思える」と。

自分もうつ病などを経験して一度は映画制作を止めた後にまたこの世界に戻って来たので、「本当にそうだ」という実感がありました。

この作品も、升さんと一緒に旅をする感じで気軽に楽しんで頂ければと思っています。そして、映画館を後にするときに「明日もがんばろう」と感じてもらえたら嬉しいですね。

『歩きはじめる言葉たち』予告編映像


あらすじ

東日本大震災から10年。岩手県陸前高田市にひっそりと佇む森の小舎(もりのこや)。
大切な人を亡くし、悲しみを抱えた人々からの手紙を受け取り続ける「漂流ポスト3.11」。
映画監督:佐々部清(ささべ きよし)氏の遺影に手を合わせる1人の男性。
2020年3月に急逝した佐々部氏に想いを馳せる俳優升毅(ます たけし)の姿。
「監督のよーいスタートがないのにカメラが回っているのが不思議な気がする…」
升は喪失感を抱えたまま、佐々部氏ゆかりの地や親しかった人々を訪ねる旅に出る。
佐々部氏が生前に果たせなかった、東日本大震災の被災地での映画作りを思い、岩手県陸前高田市に足を運ぶ。そこで出会った「漂流ポスト3.11」と被災地の今の姿。
さらに旅先でのインタビューを重ね「生きること」を改めて考え、感じていく升毅。
佐々部氏の仲間たちから託された「手紙」を携え、再び漂流ポストを訪れた彼が、孤独と向き合い、ペンを手に取る。そこに今を生きることへの答えへはあるのか。

作品情報

出演キャスト
升 毅 |伊嵜充則 三浦貴大 比嘉愛未 中村優一|佐々部 清
企画プロデュース/監督:野村展代
撮影/共同監督:早坂 伸
協力プロデューサー:倉増京平
特別協賛:大東建託グループみらい基金
後援:岩手県陸前高田市
協力:森の小舎「漂流ポスト3.11」赤川勇治
配給:アークエンタテインメント
製作:Team漂流ポスト(株式会社スパイスクッキー/キアロスクーロ撮影事務所)
2021/90分/ビスタ/5.1ch ©2021 Team漂流ポスト
公式サイト https://hyoryu-post.com/

10月16日(金)渋谷ユーロスペース他全国ロードショー