玉木宏と新木優子が、映画「悪と仮面のルール」(公開中)で究極の愛の形を体現した。物語の構造上、対面して芝居をすること自体は少なかったが、2人が紡いだシーンは見る者の心を大きく揺さぶる。初共演ながら息を合わせて“刹那”に思いを刻み込むことができたのは、役者として胸に留める“最高の価値”が結実した結果だ。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)

 米ウォール・ストリート・ジャーナルの「2013年のベストミステリー10」に選出され、世界的注目を集めた芥川賞作家・中村文則氏による同名小説が原作。財閥・久喜家に生まれ“純粋悪”となるために育てられた少年・文宏は、愛する少女・香織を汚そうとした父を殺害する。「おまえは私の手によりひとつの“邪”となる」と呪われた少年は、悪をその身で増長させることを恐れ、少女の前から姿を消した。10数年の時が経ったころ、整形し別人になりかわった文宏(玉木)は、香織(新木)を陰から見守る生活を続ける一方で、心に巣食う深い闇の縁に立っていた。

 物語は一見、艱難辛苦が待つサスペンスに思える。しかしその真髄は、香織(新木)のためなら殺人もいとわない、文宏(玉木)の純粋愛にある。原作を読んだ玉木は、役へのアプローチを「難しく考えたら、いかようにも難しくなってしまう。何を伝えたいか焦点を合わせると、2人の愛だ。どんなときにも、シンプルに香織への思いがあるように、心やクセ、内面にあるものを大事に演じよう」と決めた。整形後の表情に違和感を与えるべく、「包帯を巻いている冒頭シーン」撮影の直前には知人の鍼灸師に依頼し、顔に針を約50本打つなどすさまじい覚悟で文宏を演じた。

 物語の大部分は暗躍する文宏の視点で語られるため、それを知る由もない香織が画面に登場する時間は予想以上に短い。呪いにまみれた人生にのたうつ文宏にとって、他人の幸福のみを望む香織は光そのものであり、同時に悪を濃くしていくトリガーでもある。いわば主人公の存在理由と言える難役のキャスティングは、難航を極めたという。

 停滞ムードがただようなか、新木の写真が製作陣の目にとまる。イメージにドンピシャリ、満場一致でオファーが決まった。新木は「この役を生きられることは、すごく嬉しかったんです。『香織はこういう風に思っているのでは』など、監督とすり合わせると、意見が合うことが多かったんです。役を宿して現場にいられると確信することが多くありました」と、思いがシンクロした日々を追想する。

 文宏と香織が2度目の対面を果たすクライマックスシーンでは、CMなどで活躍する中村哲平監督が、ここを約25分間の長回しで撮り切るという大胆な手法を選択している。2人は「監督から『気持ちが途切れない方法は?』と聞かれ、『一連で撮ってもらうことでしょう』と話をしました。そのうえで長回しをし、別アングルで同じことを繰り返しました。もしカット撮りしていたら、おそらくここまでの感情は表現されていなかった」(玉木)、「事前にイメージしていた自分のセリフの意味や、感情も変わっていったんです。こんなところで感情がわき出てくるんだと、思いがけない沸点がありました」(新木)と、その効果のほどに驚きを隠せない。

 劇中の文宏のセリフで、こんなものがある。「最高の価値は善でもなく、世界でもなく、神ですらなく、香織だった。正しくなくてもかまわない。最高の価値は、道徳や倫理を超えるはずだと僕は思った」。俳優にとって最高の価値とは、なんだろうか。そう問うと、玉木は「出会い。そしてその時にしかできないものを、皆で協力して作り上げること」と答える。新木、中村監督らとの出会いがあったからこそ、作品のなかで最大の表現を引き出すことができた。その出来事は、役者として何物にも換え難い。

 新木も同意見だ。キャスティングのてん末を引き合いに「作品との出合いや、スタッフさん、役者さん同士の出会いは運命的なもの。タイミングが異なれば、私の人生も作品も違うものになります。それこそ今作も、今ではなく30代でお受けしていたら、また違うものになっていたと思います」と、かみ締めるように言葉を継いだ。