『メアリと魔女の花』公開から約1カ月。観に行った方、どうでしたか。びっくりしませんでしたか。私はしました。
米林宏昌ってこんな人だったのか、というびっくり。冒頭のスタジオポノックのロゴからすごい挑戦的。だってトトロ先輩に並ぶ気ですよ。メアリ、恐ろしい子!


最初から最後まで、ジブリ作品をなぞった展開や描写がすごい数出てきます。どうしたってジブリと比べて見ちゃう目線を、逆手に取られた気分でした。
「米林宏昌の作った魔女の宅急便」なんて言われるくらいならラピュタもトトロも千と千尋ももののけ姫も、ぜんぶ乗せ特盛り一丁!という勢いです。


「ジブリを引きずってる」と受け取ると消極的な姿勢に見えますけど、特盛ですから。
どんな演出もちょうどいい量がいちばんうれしくて、やりすぎだとしつこくて嫌になる。それが更に「とてもやりすぎ」になると笑いになる。
『メアリと魔女の花』は、笑いまで持って行かれました。その勢いがすごい。皮肉なんかじゃなく、私はすきです。

今までジブリがあえてやらなかったような、他のエンタメ作品によく見る演出もばんばん取り入れられてます。
冒頭が爆発スタートだったり、ヒロインにコメディやらせたり、主人公の過失でピンチに陥った友人を助けに行ったり。ジブリじゃなければ良く見るやつです。動機がわかりやすくて使いやすい。
フラナガンさんの天丼もジブリ作品としてはめずらしい。

この演出がさらに勢いを持たせて、全体の雰囲気がとても軽い。
ぜんぜんネガティブじゃない。監督本人がこのジブリ祭りを楽しんでそう。

原作も読んでみた


ところでこんなにジブリ作品に似た展開が出てくる原作、気になりませんか。


原作でも「トトロみたいに」不思議な動物を追いかけて森の中で不思議な出会いをしたのか。
「魔女の宅急便みたいに」おばさまにお届け物を頼まれた先で男の子に再会するのか。
「ラピュタみたいに」積乱雲に突っ込んだ先にオーバーテクノロジーがあって、飛行石みたいなキーアイテムを奪われるのか。
「千と千尋の神隠しみたいに」門をくぐって、その場のルールによって変身させられた人を助けるのか。
米林監督がどこまで意図的にジブリに寄せたのか知りたくなって、原作を読んでみました。

ほとんど全部と言っていい


黒猫ティブと灰猫ギブを混同して不思議な生物に感じるシーンは原作にはありません。
おばさまにお届け物も頼まれないし、エンドア大学がある魔法の世界は雲じゃなくて霧の向こう。

なんせピーターが自力で来ます。


変身させられるのはピーターではなく、ティブとギブ。メアリはティブを助けるために大学に戻ります。
ピーターはギブを助けにきました。猫好きが猫のために命はってる物語だった。猫はかわいいのでしょうがない。

他にも私が「ジブリみたい」と感じた演出はほとんど米林監督が作った部分。
加えて冒頭の爆発スタートやヒロインのコメディ、私が「今までのジブリなら絶対やらない」として気になった演出も原作にはありませんでした。
意図的にジブリを意識させて、意図的に対立させてる。

小さいところで気になってたのは、映画でのドクターのセリフ。


黒や白が赤より前段階の色で、赤より劣るって受け取れるんですけど、これも原作にはありませんでした。つまり米林監督オリジナルです。
魔女の伝承にこういうルールがあるんでしょうか。ぜひとも黒かったり白かったりする先輩魔女のご意見伺いたい。


メアリ、恐ろしい子!

原作は想像の余地を残してる


米林監督は「なるべく受け手が考えなくても伝わる形」で映画をつくっているように見えます。大事なことはセリフで言うし、過去に起きたことの説明も作中に入れる。
個人的には考えて補完したい受け手側なので、この点は原作ほうがすきです。
特にゼベディさんに花の名前を聞くところ。



な、なんか知ってそう。もしかして飛んだ事あるんですかゼベディさん!
(イラストと文/たきりょうこ)