どこからどうみても萌えアニメなのに、人間社会の難しすぎる問題にザクザク切り込んでいく、ゆるふわ風刺SFアニメ『セントールの悩み』。外側ふんわり中身はハード。
今回の話題は「民主主義」。


民主主義の道徳教育


小さい子どもたちがいっぱい出てくる癒やし回、と思わせておいて、幼児たちが「民主主義」を叩き込まれる教育環境とはどのようなものかを描いた回でした。

序盤。ケンタウロス族の少女・姫乃が、いとこの幼稚園児・紫乃に、ごく普通の絵本を読んでいる。
「英雄は故郷に帰ると憲法を制定し、元お姫様と獣たちと末永く、民主的に暮らしました。おしまい」
これはおそらく、「お姫様と末永く幸せに暮らしました」というだけの文章なのだろう。
絶対王政ではないことを明示。「お姫様」と階級を作らない。平等だよ、民主的だよ、と気を使いまくった結果、いびつになったのでは。

この作品の世界は、差別による惨劇を繰り返してきたことで生まれた、法による平等が絶対的な社会。種族間の上下関係を絶対許さない。「民主的」という言葉を掲げて、「命よりも平等が大事」とまで謳っている。
大人たちがこの価値観を当たり前として受け入れているのは、学校のカリキュラムに組み込まれ、本やテレビなどの情報も法律で統制されているから。1話(原作では2巻)でも、平等教育の授業が描かれていた。

TVアニメが流すもの



作中で子どもたちが見ているアニメ「魔法少女プリティホーン」。
「目覚めよ倫理の力。導け法と論理。叶えよ、最大多数の最大幸福」
変身シーンの決め台詞。盛り盛りですね。

学校で多数決を取った際、少数派の意見を聞かなかった相手が変異し、「民主主義空間」を歪めてしまう。
「正しい民主主義」ではない罪だとしている。

原作6巻では、もうちょっと細かく、露骨に描かれている。
多数決を言い出した生徒の間で、事前の談合があったらしい。
陸上生活者の意見ばかり尊重していると、マイノリティである人魚型が困るのではないか、とクラス内の意見も割れる。

「多数派」「少数派」の意見を「公平」に反映するため、プリティホーンは戦う。
結果として、歪んだ民主主義を必殺技「Sevret Vote(無記名投票)」で切り裂き、多数派少数派どちらも楽しめる競技を発明。
めでたしめでたし。

もっとも、見ていた幼稚園児の感想は「わるものやっつけた」。わるものかー、そう見えるよなー。
愛・正義・希望・夢などの代わりとして据えられている「民主主義」。
子どもたちが見聞きするものは、徹底して「正しい(とされている)民主主義思想」で固められている。

最大多数の最大幸福


プリティホーンが叫んでいた「最大多数の最大幸福」。
社会は個人の総和。だったらできるだけ多くの人が最大の幸福を得られることこそがベスト、というベンサムの考え方だ。
これに対しては、人が選ぶ快楽(幸福)の価値観は違う、という意見もある。

Bパート後半で、翼人の少女・真奈美が生徒会の会議を、定時に切り上げる提案をするシーンがある。
最初から話し合いの時間は決めていたはず。だから多数決を取る。
自分は帰って妹と父のために食事の支度をしなければいけない、という主張。

それに対し、生徒会の他の子はこう言う。
「官僚的すぎんだろ」「正論だと思うよ、でも、生徒会ってのは単なる仕事じゃなくて、部活みたいなものっていうか。議論するのも青春の1ページみたいな……」
それを蹴った真奈美に対して「あんなんじゃあの子は、社会に出てから通用しないわよ」と文句を言う生徒も出て来る。

みんなで一丸となって仕事をするからには、定時に帰るのはおかしい、という日本の企業の姿に似ている。
会社のために。みんなのために。少し我慢して。
民主的なのか、はたまたブラック化なのか。

真奈美自体は生徒会の仕事はきっちりこなし、約束はちゃんと守っている。
「生徒会活動をわいわい楽しむ」のは、最大多数の最大幸福なんだろう。
だが、誰がなんと言おうと真奈美にとって一番の「幸福」は、家族といること。

おっとりした姫乃と違って、真奈美はかなり主義主張をはっきり言うタイプなので、今後の発言が楽しみ。
最近発売された原作15巻では、両棲類人との戦争が行われたり、姫乃の教室に政治犯が乱入してきたり、痴漢裁判があったりと、話はさらに人間社会のこじれた問題に踏み込んでいる。

(たまごまご)